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あのころ、早稲田で

出版社名 文藝春秋
出版年月 2017年4月
ISBNコード 978-4-16-390630-0
4-16-390630-4
税込価格 1,650円
頁数・縦 207P 20cm

商品内容

要旨

60年代というトンネルの出口は嵐だった―早大闘争、社研、吉本隆明、『青春の墓標』、「ガロ」、GS、喫茶店、ATG、ゴダール、アングラ演劇―あの時代の空気が鮮やかによみがえる。

目次

1965年(男子校に乱入?
平野謙の初授業 ほか)
1966年(全学ストライキ
バリケードの中で ほか)
1967年(わたしの駒よ、はやるな
コム・デ・ギャルソン論争 ほか)
1968年(一九六八年は晴れ着で明けた
安田トリデの攻防戦 ほか)

出版社・メーカーコメント

1946年生まれ。まさに戦後ベビーブーマー第一世代(団塊世代)の著者は1965年に早稲田大学第一政経学部経済学科に入学。クラスに女子はたった2人だった。高校時代から『共産党宣言』やエンゲルスの著作を読みかじり、左翼にシンパシーを感じていたため、「社研」こと社会問題研究会に入る。『されどわれらが日々--』に触発され、大学に入ったら苦悩する「真摯」な生き方を目指すはずだったのに、入学した翌年に勃発した早大闘争にも今一つのめり込めない日々--。とはいえ、1965年前後の早稲田のキャンパスは多士済々。キャンパスのベンチに座っていたら、いきなりオルグしてきた「粋な顔立ち」の革マル派トップは、のちの宝島社社長・蓮見清一。面識はないけれど、タモリも吉永小百合も、『突破者』の宮崎学も久米宏、田中真紀子、二学年下の村上春樹も同時期に早稲田にいた。同じ部室の文研(文学研究会)には、のちに直木賞作家となる高橋義夫や、呉智英こと新崎智も在籍し、すでに歴史的かなづかいで奇妙な小説を書いていたのだ。真摯な左翼を目指しながらも「運動」にはのめり込めず、60年代に花開いたサブカルチャー(「ガロ」、早稲田小劇場、ATG)、ポップカルチャー(グループサウンズ花ざかり)を享受した、懐かしくも恥多き青春を振り返る書下し作品。

著者紹介

中野 翠 (ナカノ ミドリ)  
1946年生まれ。埼玉県浦和市(現・さいたま市)出身。コラムニスト、映画評論家。早稲田大学政治経済学部卒業後、出版社勤務などを経て文筆業に(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)