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意味不明でありがたいのか お経は日本語で

祥伝社新書 221

出版社名 祥伝社
出版年月 2010年11月
ISBNコード 978-4-396-11221-9
4-396-11221-1
税込価格 821円
頁数・縦 184P 18cm

商品内容

要旨

「教会で聖書は日本語で読まれているのに、なぜお寺のお経は漢訳の音読なのか?わけのわからないお経を聞かされて、正座の足が痛いだけの葬式は、自然な姿なのだろうか?」そう疑問を感じた著者は、古刹の僧侶である自分の使命として、お経の現代日本語訳に取り組んできました。お経は、読んでわかり、聞いてうなずけてこそ、死者の魂を慰め、残された人の心を安らかにさせてくれます。現代日本語に訳され、それが葬式の場で読まれて、はじめて釈迦が、仏教の先人たちが、何を伝えようとしたのかがわかるのです。本書は、新しい葬式の形を提案するとともに、仏教に親しむために何が大切かを教えてくれます。代表的なお経の現代日本語訳つき。

目次

第1章 なぜ、日本語でお経なのか(9歳で坊さんになれる僧侶の世界―自分史をふりかえる
お説教に対して疑問が湧いた ほか)
第2章 日本語でお経を読むという試み(正信偈や、お経の意訳に取り組む
音読と朗読―これからの課題)
第3章 理想のお葬式を改めて考える(日本の仏教と宗派
仏教徒の共通項は「三帰依文」 ほか)
第4章 現代日本語で読むお経(伽陀
表白 ほか)

出版社・メーカーコメント

私がお葬式で現代日本語のお経を読む理由 魂に直接訴える 新しい葬式のかたちとは  「この世の人々は人情が薄く、親しみ愛することを知らない。しかも、つまらないことを争いあい、激しい悪と苦しみの中にあって、それぞれの仕事を勤め、ようやくその日を過ごしている」 【大無量寿経の一節から】 これって、われわれそのものではないですか  ■お葬式の本来あるべき姿とは? 「教会で聖書は日本語で読まれているのに、なぜお寺のお経は漢訳の音読なのか? わけのわからないお経を聞かされて、正座の足が痛いだけの葬式は、自然な姿なのだろうか?」 そう疑問を感じた著者は、古刹(こさつ)の僧侶である自分の使命として、お経の現代日本語訳に取り組んできました。 お経は、読んでわかり、聞いてうなずけてこそ、死者の魂を慰め、残された人の心を安らかにさせてくれます。現代日本語に訳され、それが葬式の場で読まれて、はじめて釈迦が、仏教の先人たちが、何を伝えようとしたのかがわかるのです。 本書は、新しい葬式の形を提案するとともに、仏教に親しむために何が大切かを教えてくれます。 【代表的なお経の現代日本語訳つき】

著者紹介

戸次 公正 (ベッキ コウショウ)  
1948年、大阪府泉大津市生まれ。大谷大学大学院修士課程修了。真宗大谷派南溟寺住職(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)