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思い出の静かな岸辺を探ねて H・S・タッカー回想録

出版社名 丸善プラネット
出版年月 2021年3月
ISBNコード 978-4-86345-479-8
4-86345-479-1
税込価格 4,180円
頁数・縦 443P 22cm

商品内容

要旨

一八九九(明治三二)年から四半世紀間日本に滞在し、立教学院総理、京都地方部主教などを務めたアメリカ人宣教師、H.S.タッカーの在日回想録。タッカー師は立教大学の校地購入や大阪教区の設立などの中心的推進役として活躍した。豊かな学識と深い人間的洞察にもとづく師独自の日本人論、国家論、宗教論が展開されている。宣教や教育に関する同主教の基本的姿勢は、日本人の資質を高く評価・信頼し、その育成を図ろうとするものであった。

目次

第1部 ヴァージニア時代(ウォーソーの牧師館での少年時代
大学への準備 ほか)
第2部 日本での宣教活動と立教学院(東京での語学修業
宣教活動ことはじめ ほか)
第3部 京都地方部主教としての宣教活動(結婚と京都地方部主教への選出
主教按手と京都地方部での仕事はじめ ほか)
第4部 教会の自給促進と日本人指導者の育成(将来の日本人指導者の育成
倍化運動 ほか)

著者紹介

タッカー,ヘンリー・セントジョージ (タッカー,ヘンリーセントジョージ)   Tucker,Henry St.George
1874年、アメリカヴァージニア州に生まれる。ヴァージニア大学、ヴァージニア神学校を卒業。神学校卒業と同時に宣教師として日本で働くことを決意し、太平洋をわたり、1899(明治32)年10月に日本に着任。日本語学習の後、仙台、弘前の教会で司牧にあたる。1903年、立教学院総理に就任。立教大学の設立や校地購入に貢献した。1911年、京都地方部主教に選任され同じ年に結婚。地方部の広い管轄地域を精力的に巡回し指導、監督にあたる。その間、大阪教区の設立に向けて尽力。1923(大正12)年、京都地方部主教を辞任しアメリカに帰国。ヴァージニア神学校牧会神学教授、ヴァージニア教区主教を経て、1938年、アメリカ聖公会総裁主教に就任。その任期中の1942年には、連邦教会評議会(the Federal Council of Churches=教派を超えたプロテスタントの教会の全国的協議機関)の会長としても二年間の任期で選出された。1946年12月31日、聖職としての退職時まで総裁主教を務めた。1959年逝去
松平 信久 (マツダイラ ノブヒサ)  
立教大学文学部心理教育学科卒業、同大学院文学研究科心理学専攻修士課程修了。ロンドン大学教育研究所特別研究生。東京都八丈島八丈町立鳥打小学校教諭、立教女学院短期大学幼児教育科専任講師、立教大学文学部教育学科教授、立教高等学校校長、立教新座中学校・高等学校校長、学校法人立教学院院長(2003年5月〜2010年7月)などを歴任。立教大学名誉教授
北條 鎮雄 (ホウジョウ シズオ)  
立教大学英米文学科卒業(1957年)、同大学大学院英米文学専攻修士課程修了(1959年)。文教大学付属中学校、駒場東邦中高校、立教高校教諭を歴任。1992年1月〜7月、アメリカ、ヴァージニア州アレキサンドリアのEpiscopal High Schoolにて、visiting teacherとして、Japanese Historyを現地校教師とteam teachingで担当(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)