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音楽が人智を超える瞬間

ポプラ新書 265

出版社名 ポプラ社
出版年月 2024年9月
ISBNコード 978-4-591-18317-5
4-591-18317-3
税込価格 1,100円
頁数・縦 287P 18cm

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要旨

クラシック音楽のオーケストラで、演奏者たちをまとめ、美しいハーモニーを生み出すのは指揮者に他ならない。だが、オーケストラにはもう一人、重要なポジションを任されるメンバーがいる。「コンサートマスター」だ。コンサートでは指揮者の左側、最前列で演奏するヴァイオリニストであることがほとんどだ。本書では、日本を代表するオーケストラであるNHK交響楽団(N響)で26年間「第1コンサートマスター」を務めた著者が、これまでの経験と、その中で培った音楽論を語っている。「マロ」の愛称で知られ、「永遠の5歳児」を自称する好奇心や自由な発想、音楽以外の多彩な趣味や活動から、「音楽界の異端児」とも言われる著者だが、常に「ワクワクすること」をやっているだけなのだという。その独特の感性はどのように育まれたのか。著者の篠崎史紀氏は現在、NHK交響楽団特別コンサートマスター、九州交響楽団ミュージックアドバイザー。2004年から演奏会シリーズ「MAROワールド」を開催し、そこから弦楽合奏団「MAROカンパニー」を結成した。
※要旨の情報〔社会情勢、著者経歴など〕は、作成日当時のものです。
以降内容が変わっている場合があります。[要旨作成日:2024年10月8日]

商品内容

要旨

人生、音楽、教育、多彩すぎる趣味…。「マロ」の愛称で知られる唯一無二のヴァイオリニストが、ダース・ベイダーになれずに、音楽に導かれた最高の居場所。

目次

第1章 ウィーンが「音楽の流儀」を教えてくれた―音楽は人智を超える。
第2章 ウィーンで身につけたマロ流妄想力―人生には光と影があるが、困難に陥っても、希望の光が差す。
第3章 北九州が「人生の流儀」を育んでくれた―ヴァイオリンが弾けるようになると、世界中の人と友だちになれる。
第4章 N響が「コンサートマスターの流儀」を確立させてくれた―クラシック音楽は再生と伝承、そして創造。
第5章 偉大なマエストロたちが音楽の流儀を教えてくれた―この指揮者は、「作曲家がその先に考えた何か」を指揮棒で表すことができる。
第6章 いま、日本の音楽界に、そして故郷に伝えたい思い―夢があるから人生は輝く。

出版社・メーカーコメント

夢があるから、人生は輝く。「マロ」の愛称で知られ26年間務めあげた「N響第1コンサートマスター」という肩書を超えて、様々な活動で知られる唯一無二のヴァイオリニスト。人生、音楽、教育、多彩すぎる趣味……ダース・ベイダーにはなれなかったが、そのおかげで音楽に導かれて辿り着いた最高の居場所とは?●北九州で育まれた「特異体質」●ウィーンで学んだ音楽の神髄●N響で磨かれたコンマスの流儀●偉大なマエストロたちとの秘話「スター・ウォーズ」「ウルトラセブン」など幼少期の憧れと音楽の魅力を同列で語れる著者ならではの独特の感性が満載。クラシック音楽愛好家はもちろん、これまで触れる機会がなかった方々も愉しく読める一冊!(目次より)第1章 ウィーンが「音楽の流儀」を教えてくれた16歳、目の前に積まれた100万円でヨーロッパにヴァイオリン教師の楽譜をこっそり盗んでは練習する日々路上演奏で腕試しイヴリー・ギトリスとの出会い第2章 ウィーンで身につけたマロ流妄想力「モルダウ」と「新世界」の妄想的背景芸を極めるには妄想力を育てよウィーンをより理解するためのワルツのレッスン第3章 北九州が「人生の流儀」を育んでくれた故郷、小倉はイタリアの港町?ヴァイオリンを弾くのは歯磨きと同じ動物園の象の檻の前でヴァイオリンを披露第4章 N響が「コンサートマスターの流儀」を確立させてくれた指揮者から本音を聞きだすコンマスは007?サヴァリッシュとの思い出と堀さんの思いフェドセーエフを救った「くるみ割り人形」第5章 偉大なマエストロたちが音楽の流儀を教えてくれたシャルル・デュトワウラディーミル・アシュケナージアンドレ・プレヴィンパーヴォ・ヤルヴィファビオ・ルイージヴォルフガング・サヴァリッシュヘルベルト・ブロムシュテットロリン・マゼールロジャー・ノリントントゥガン・ソヒエフネッロ・サンティワレリー・ゲルギエフ第6章 いま、日本の音楽界に、そして故郷に伝えたい思い自分が憧れていたジュニアオーケストラを作る指導者にも子どもたちにも必要な精神、「守破離」

著者紹介

篠崎 史紀 (シノザキ フミノリ)  
NHK交響楽団特別コンサートマスター、九州交響楽団ミュージックアドバイザーを務め、愛称は「マロ」。3歳より両親からヴァイオリンの手ほどきを受け、1981年ウィーン市立音楽院(当時)に入学。翌年ウィーン・コンツェルトハウス大ホールでコンサート・デビューを飾り、各メディアから称賛される。その後ヨーロッパの主要なコンクールで数々の入賞を果たし、ソロ、室内楽と幅広く活動。1988年帰国後、群馬交響楽団、読売日本交響楽団のコンサートマスターを経て、1997年NHK交響楽団のコンサートマスターに就任。WH0国際医学アカデミー・ライフハーモニーサイエンス評議会議員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)