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明文堂書店石川松任店のレビュー

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掲載レビュー全134件
 
乙霧村の七人
双葉文庫 い−55−01
伊岡瞬/著
双葉社
税込価格  660円
 
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超正統派ホラーサスペンス、と思っていたら……。
おすすめ度:
 二十二年前に乙霧村で起こった一家惨殺事件。ノンフィクション作家の泉蓮がこの事件に興味を抱いて、調査の末に一冊の本にまとめたのが、『乙霧村の惨劇』だった。大学教授もしている彼が顧問をしている文学サークル『ヴェリテ』のメンバーが旅行の際に、乙霧村を訪れた時、悲劇は起こった。激しく雨が降る中、襲い来る斧を持った大男に、慄く学生たち……。
 閉ざされた世界で殺人鬼が跋扈し、若者たちの血飛沫が舞う……。そんな阿鼻叫喚の物語に、驚天動地の仕掛けを施した「13日の金曜日」的、超正統派ホラーサスペンス……と思っていたら、途中で様相が変わってくる。本書は、人間関係の歪みを容赦なく描く、いわゆるイヤミスの要素が絡む、秀逸なミステリでもあるのです。詳しくは書けないのですが、その恐怖的状況さえも仕掛けに使うことで、本書は二重の(いや正確には三重の)驚愕を持った物語になっています。幕の閉じ方にも意外性があり、とても個性的な作品です。
 ホラーサスペンスの枠組みにミステリ的な仕掛けを施した作品として、綾辻行人『殺人鬼』や三津田信三『スラッシャー廃園の殺人』も併せて、おすすめします。 (2017年10月20日)
粗忽長屋の殺人(ひとごろし)
光文社文庫 か63−1
河合莞爾/著
光文社
税込価格  734円
 
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本を開くと、落語の声が聴こえる
おすすめ度:
《それでは皆様、今は遠い昔となりました、華やかな江戸の町並みに、うっかり迷い込んでしまったという心持ちで、しばらくの間、どうぞお付き合い下さいますよう――。》
 古典落語とミステリを掛け合わせ本書は、登場人物たちの軽快なやり取りが魅力的な、笑って泣ける連作集です。真相を知った登場人物たちの行動が印象的で、残酷な面をしっかりと扱いながらも、物語はとても心地の良い結末を迎えます。読んでいて、気持ちの良い小説です。
 知らない人の目線に立った物語を描く人だな、と著者の作品を読むと、いつも思います。情報や知識が物語にうまく溶け込んでいて、難しい話題を扱っていても必要以上に難解になることはありません。と、こんなことを書くと、「じゃあ、知っている人にとっては物足りないの?」という声が返ってきそうですが、説明がくどいという感じはないですし、まず描かれる物語がとても面白いので、嫌な感じを受ける人は少ないんじゃないかな、と思います。それは本書も例外ではなく、落語(私は詳しくなかったのですが……)を扱った本書も詳しい詳しくない関係なく楽しめる作品だと思います。全作品に目を通しているわけではないのですが、私は一作読む毎に著者(の作品)への愛おしさが強くなっています。もしかしたら、これは一目惚れよりも、ずっと尊い経験なのかもしれません。
 ちなみに落語とミステリと言うと、近頃シリーズの最新作(待望の、という言葉がぴったりの)『太宰治の辞書』が文庫化された北村薫の《円紫さんと私》シリーズが有名です。こちらもおすすめです。是非、シリーズの一作目から読んでもらいたい作品です。 (2017年10月20日)
政治的に正しい警察小説
小学館文庫 は17−1
葉真中顕/著
小学館
税込価格  702円
 
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強いメッセージ性を持った、後味の苦い短篇集
おすすめ度:
 多くの短篇で描かれるのは、他者を理解することの難しさである。例えば尊厳死をめぐる「リビング・ウィル」は、本人不在の思いやりがどれだけの空虚なのかを教えてくれる作品であり、自分の身にいつ起こってもおかしくないところが、とても怖い。文庫オリジナルのブラックユーモア・ミステリー集だと比較的(著者の過去作品のヘビーさを知ってはいたものの)に気軽に読み始めたのですが、予想以上にヘビーな内容でした……。表題作などはユーモラスですが、シリアスな作品や切ない作品も混じっていて、バラエティに富んでいます。ただ全篇に皮肉が漂っていて、(ネタバレになるので、どの作品かは言いませんが、比較的良い話の短篇にしても)後味は苦い。苦いが、とても癖になるものを持っています。
 児童虐待、同性愛、冤罪、尊厳死……普遍的なテーマを扱った、メッセージ性の強い短篇集です。テーマの描き方もストレートで、現実のニュースで聞いたことのあるような事象や事件から想像を膨らませたと思わせるエピソードも多いのが印象的です。ただメッセージ性の部分ばかりを強調すると、敬遠してしまう人もいそうなので、本書がミステリとして秀逸であることはしっかりと伝えておきます。意外な(あるいは痛烈な)結末が各短篇に用意されてあります。そしてその結末の衝撃が作品のメッセージ性を損なわせることなく、さらに印象深くさせているところが、とても魅力的です。 (2017年10月16日)
人間の顔は食べづらい
角川文庫 し61−1
白井智之/〔著〕
KADOKAWA
税込価格  907円
 
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決して設定のみに頼った作品ではありません。
おすすめ度:
 あらゆる哺乳類、鳥類、魚類に感染する新型コロナウィルスの流行がきっかけで、人類(特に先進諸国の富裕層)は極端に肉食を嫌うようになった。これに伴う数多くの社会問題を打破するために打ち出された国家政策、それは食用のヒトクローンを大量生産することで、飢えた人々の胃袋を満たす、というものだった。大量の批判を浴びた国家政策であったが、政策を打ち出した政治家、冨士山博巳の圧倒的なカリスマ性も手伝い、《食人法》が可決される。本書はクローン人間が食用に作られ、殺されることが法律的に認められた日本が舞台になっている。食用にヒトクローンを育てる施設《プラナリアセンター》で働く、柴田和志を中心に物語は進んでいく。
 描かれるのは、とても奇妙な、歪んだ世界だ。しかしミステリとしては、真っ直ぐな道を歩んでいる。《問題作》という表現は決して間違っていませんが、決して設定のみに頼った作品ではありません。先の全く読めない展開、意外な真相、とミステリの面白さが、本書には凝縮されています。やりすぎなくらいの終盤の展開も、とても好ましかった。そして読後感も決して悪くない。強烈な個性を持った、とても良い作品だと思います。気軽には薦めづらいのも事実だけれど……。
(2017年10月15日)
リーマン、教祖に挑む
双葉文庫 あ−51−02
天祢涼/著
双葉社
税込価格  740円
 
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今、読むべき社会派&本格ミステリの傑作!
おすすめ度:
《「ルールを厳守するべきか、多少の違反は認めるべきか。ここで話して結論が出ることではないわ。ただ、あなたと藤原禅祐の間には、埋められない溝があるようね。これは現状を肯定する勝ち組と、ひっくり返そうとする負け組、両極にある価値観の戦いなのかもしれない」》
 大企業スザクのセレモニー事業部で働く早乙女六三志は転勤早々に上司から、新宗教団体《ゆかり》の存在によって、プレニード(生前契約葬儀)の解約の可能性が出てきたことを知らされる。上司のように新宗教に偏見を持ってはいなかったものの、上司に《ゆかり》を潰すことを命じられた六三志は、《ゆかり》の実態がどうであれ実際に教祖と会う必要があると考える。《ゆかり》の教祖、藤原禅祐と会ったことにより、六三志は彼の企みを知ることになる。そして禅祐との話し合いの末、二人はある賭けをすることになる。宗教法人化か解散か、を賭けた二人の対決が始まる……。
 決して新宗教(宗教学の分野では新興宗教ではなく、新宗教と言うらしい)を悪、新宗教と敵対する側を善という安易な勧善懲悪の構図は取らず、両方の立場を丁寧に描きながら、絶妙なバランスで物語は進んでいきます。そして多数の違和感を忍ばせた物語は、やがて驚愕の結末を迎えるのですが、その驚きとともに浮かび上がる社会への強いメッセージが印象的です。今、読むべき社会派&本格ミステリの傑作と言えるかもしれません。
 新宗教をテーマにしたミステリと言うと、(必ずしもそうではないとはいえ)陰鬱な展開になりやすいイメージがあります。しかし本書は登場人物のやり取りなどにコミカルが滲み出ていて、このタイプの話を苦手にしている人にもお薦めしたい作品です。そしてこの作品で扱われているテーマのひとつに《世代間の問題》があり、多くの世代に向けられた本書を、老若男女問わず多くの人に読んでもらいたいなと思います。 (2017年10月05日)
NO推理、NO探偵?
講談社ノベルス マL−01
柾木政宗/著
講談社
税込価格  950円
 
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推理って、必要ですか?
おすすめ度:
 ロジックを駆使する女子高生探偵、美智駆アイは犯人に掛けられた催眠術(?)によって推理ができなくなってしまった。アイがもっと有名な探偵になる上で、推理は不必要だ、と考えていた助手の取手ユウは、これを好機と、アイの尻を叩きながら推理なしの事件解決を目指す。
 ちょっとした奇抜な作品が平凡な作品に見えるほど、世の中には問題作、怪作が氾濫していますが、本書は《問題作》と評して何一つ誇張にならない一冊です。《ミステリ》というジャンルを痛烈に皮肉った作品、という表現さえ生易しいことに、物語の終盤気付かされる。あらゆるものを、ミステリを書くための道具にするその勇気と貪欲さに脱帽です。ミステリの(そしてメフィスト賞の)懐の広さが分かる、究極の《問題作》です。これ卑怯だよ。 (2017年09月29日)
ディレクターズ・カット
歌野晶午/著
幻冬舎
税込価格  1,728円
 
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彼らの明日なき暴走が止まらない!?
おすすめ度:
 繰り返される若者たちの行き過ぎた行為(すこし違和感の覚える)から始まり、Twitterに職場や家族への憎悪を垂れ流し続ける美容師の青年が殺人鬼へと変貌していく姿が描かれ、舎弟を使ってやらせを行うテレビ局の下請け制作会社のディレクターが登場する。舎弟を襲った美容師を追うディレクターの物語は意外な展開を見せ……、
 ということで本書は、技巧的なミステリの枠組みの中に現代社会が持つ《歪み》を大胆に取り込んだ一冊です。清々しいほど感情移入できる人物がいない(良い意味で、嫌いだ、と断言できる人物が多い)ことが、さらにその《歪み》を強めています。そんな不愉快さを伴った魅力的な物語は、呆然とするような結末へと向かっていきます。驚きの先にある人間(登場人物)の感情に、衝撃とともに強い恐怖を覚えました。ディレクターの長谷見が番組で担当していたコーナーの名前は「明日なき暴走」ですが、この言葉が物語全体を覆っているような印象を覚えました。
(2017年09月20日)
Ank a mirroring ape
佐藤究/著
講談社
税込価格  1,836円
 
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深い考察に裏打ちされた、激しくも壮大なドラマ!
おすすめ度:
《おまえの姿を見た者がまだ生きているのなら、//おまえの話はすべて嘘、//まだ死んでいないのなら、//おまえの姿を見たはずはない、//もう死んでいるのなら、//見たものを話すことなどできない。》
 2026年、近未来の京都。霊長類研究者の鈴木望と科学雑誌のサイエンスライターをしているケイティ・メレンデスの二人。そして二人の人生に深く関わるダニエル・キュイ。世界的な影響力を持つ元AI研究者でありながらAI分野を見限り、霊長類研究に移った伝説の研究者である。この三人を軸に、登場人物たちの現在と過去を行ったり来たりさせながら、物語は断片的に明かされていく京都暴動へと向かっていく。一頭のチンパンジーと暴徒と化した人々。そこで何が起こったのか?
 ……ということで血と暴力に覆われた激しくも壮大なドラマは、やがて戦慄を伴った衝撃の結末を迎える。そして最後の光景に強く心を揺さぶられました。深い考察に裏打ちされた、とても広い視野を持った物語です。場所や時間がめまぐるしく変わり、知識や情報に溢れた本書は決してとっつきやすい作品とは言えない(読みにくいというわけではない)かもしれません。しかしそれを拒絶してなお(いやその拒絶があるからこそ)輝く本書を、もっと多くの人に読まれて欲しいと心から思います。 (2017年09月20日)
100億人のヨリコさん
似鳥鶏/著
光文社
税込価格  1,620円
 
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ユーモラスな学生寮物語の皮を被った……。
おすすめ度:
 二年間暮らした寮を引き払った貧乏学生の小磯は、大学のサイトにも載っておらず、その実在さえ疑われている富穰寮に引っ越すことになる。秘境のような場所に存在する月額千三百円という富穰寮に住み始めた小磯は、その寮の異常さに驚く。そして小磯を歓迎する宴会(この内容がとんでもない!)で寮生の先輩から依子さんについて聞かされる。小磯は、《見てしまった人間は二、三割の確率で死ぬか行方知れずになる》という依子さんに入寮一日目で遭遇してしまう……。
 奇人、変人(善良ではあるけれど……)に囲まれた比較的常識人の主人公の受難(?)を描いたギャグ小説だと思っていたら、まさかこんな話になるなんて……ということで本書は、ユーモラスな学生寮物語(これもとても面白いのですが)の皮を被った世界規模のパニック(そのパニックがどういうものなのかを明かすことはできないのですが……)に立ち向かう壮大な物語です。変だけど好感の持てる登場人物たちの必死な姿が、たまらなく愛おしい一冊です。遊び心に満ちた注釈もこの物語に合っていて、とても好きです。 (2017年09月09日)
機巧のイヴ
新潮文庫 い−130−1
乾緑郎/著
新潮社
税込価格  680円
 
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機巧人形をめぐる、驚愕の時代SFミステリ!
おすすめ度:
《子を孕んだ女の体には、魂が二つ同居している。//よくよく考えると、それは尋常ならざることだ。//では、女の子宮に宿った命は、いつどこからやってきたのであろうか。//魂が、どこからかやってきて宿るものであるなら、今、自分が手がけているこの赤児の機巧人形にも、不意に魂が宿ることがあるのではなかろうか。》
 蟋蟀の雄同士を闘わせる闘蟋の場に機巧化された蟋蟀を持ち込む。そんないかさまを見抜いたことで金の当てを作った江川仁左衛門は、遊女の羽鳥を身請けし、自由にしたいと考えていた。しかし同時に羽鳥を独占したいとも思っていた仁左衛門は、羽鳥そっくりの機巧人形を作ってもらうため、機巧人形を作れるという噂を持つ幕府精煉方手伝、釘宮久蔵のもとを訪ねる……という表題作で始まる本書は、時代ファンタジーとしても、SFとしても、ミステリとしても強い印象を残します。徐々に壮大さを増していく伊武を中心とした機巧人形をめぐる物語は、信じられないような結末を迎えます。その結末はあまりにも切ない……。
 個人的にはアクション性の強い伝奇小説があまり得意ではないのにこれだけ愉しめたのだから、きっと好きな人にはたまらないと思います。
(2017年09月07日)
R帝国
中村文則/著
中央公論新社
税込価格  1,728円
 
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《抵抗》を喪った国の《抵抗》を描く衝撃作!
おすすめ度:
《「抵抗は、反抗とか反発、革命よりは弱いけど、何か大きいものに対して、自分なりに反対の意志をもって、ささやかでもいいからもがくこと。抗うこと。……反抗や反発だと、敵対するみたいで勇気がいるし、言葉の強さにたじろぐけど、……抵抗ならみんなもできるかもしれない」》
 人工知能が搭載された携帯電話《HP》(Human Phone)が一般的に用いられ、国内の辞書に《抵抗》という言葉が載らない。本書はそんな独裁国家《R帝国》を舞台に、その国で生きる様々な人々の姿を描いた一冊です。
 カフカの『変身』のような冒頭に、ジョージ・オーウェル『一九八四年』みたいな内容紹介(いわゆるディストピア小説などと言われるものですね。この辺の知識に詳しいわけではないので、細かい説明までできませんが……)、明らかに現実社会の様々な事柄に呼応していると思われる架空の名称(逆に作中では《日本》が架空の国として登場する)。個人的な好みの問題もあり、正直に言えば気乗りしないまま読み始めました。しかし一歩間違えれば強い非難を受けやすい本書を支える力強い言葉(心情的に受け入れられない部分もありましたが……)に、拒絶できない魅力を感じました。99%の絶望の中で1%の希望を信じてもがく、その意味、尊さをこの人は知っているのだという安心感に満ちた気高い物語です。 (2017年09月03日)
さだめ
河出文庫 ふ4−6
藤沢周/著
河出書房新社
税込価格  562円
 
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狂気と戦慄の中に宿る《純愛》に、心打たれました。
おすすめ度:
「あぁきっとこの人は俺のことを見ていないんだろうな?」顔を見ながら一対一で会話しているのに、時折そんな感情を抱かせる人がいる。それは客観的に見れば失礼な人なのだが、同時にその目に魅了もされている。永遠に私に向けられることのない表情に、憧れにも似た想いを抱く。本書のヒロイン佑子はそんな女性であり、彼女をイメージしたものと思われる表紙の女性の虚空を睨む姿はぞっとするほど美しい。
《ショートカットの髪、割と通った鼻筋と無愛想な唇。そして、何処か涼しい目。肉の薄そうなスリムな体……》AVのスカウトを生業とする寺崎の前に現れた斎藤佑子。《佑子という女は、あまりにもクールで味がないからいいのだ。まるで、自分が生きていることを知らないような女の子……。生きている価値を知らない女の子……。生きる価値のない女……。》AVの世界に足を踏み入れるために寺崎に電話を掛けてきた佑子は、そのクールで味のない雰囲気によって業界での評価を高めていく。彼女の私生活を知っていく内に、いつしか二人は職業の垣根を越えていく。
 狂気と戦慄の中に宿るのは、ひたむきな想いである。その想いを《愛》という言葉で呼んでいいのかは分からない。分からないが、それ以外に呼びようがないから、私はこの想いを《純愛》と呼ぶ。抉るような鋭い文章で紡がれた、こういう想いこそが《純愛》であって欲しいと願う。
 吉田修一『さよなら渓谷』や小川勝己『イヴの夜』、馳星周『不夜城』……などを読んだ時と似たような感覚を抱きました。
(2017年08月25日)
いくさの底
古処誠二/著
KADOKAWA
税込価格  1,728円
 
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ミステリという表現形式でしか描き得ない戦争
おすすめ度:
 ビルマ戡定がなったビルマのヤムオイ村を訪れた賀川警備隊。警備隊に同行する通訳の依井は、駐屯中の村で、賀川少尉が一刀のもとに斬り殺されるという殺人事件に直面することになる。ということで本書は戦時中のビルマを舞台にした戦争ミステリなのですが、戦争を舞台にしたミステリという表現では物足りない、ミステリという表現形式でしか描き得ない戦争といった表現が似合う一冊です。
《誰が、殺したのか?》よりも、《何故、殺したのか?》という部分に重点を置いた作品であり、殺人者の告白によって明かされる動機は読者に強い衝撃を与えます(ちなみに《何故、やったのか?》という動機の問題を重視した作品のことを、《ホワイダニット》と言います。東野圭吾『悪意』などが有名ですね)。内容の重厚さと、心にずしりと来るような読後感が魅力的な一冊です。登場人物の行動と感情を強く含まない淡々とした文章が読者の価値観を揺さぶる作品です。
(2017年08月18日)
僕が殺された未来
宝島社文庫 Cは−8−1 このミス大賞
春畑行成/著
宝島社
税込価格  691円
 
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殺される未来を知った青年の片思いの行方は?
おすすめ度:
 大学のミスキャンパスで優勝した高嶺の花である小田美沙希に片思いしている大学生の《僕》は、友人の須藤健太郎とともに彼女の仲の良い後輩から彼女の行方が分からなくなったことを聞かされる。美沙希の身を案じる《僕》のもとに六十年後の未来から訪れたという十五歳の少女大塚ハナが現れる。謎めいた少女ハナは美沙希の誘拐事件に巻き込まれ殺された《僕》を救うために未来からきたことを告げる。同じく事件によって殺される運命にある美沙希を助けるために、少女からは行動を止められたものの、《僕》は未来からの情報を頼りに事件を追い始める。
 本書は第13回『このミステリーがすごい!』大賞の応募作品「未来人がきた!」を改題・加筆修正して出版された作品です(『このミステリーがすごい!』大賞はHP上で選考委員による講評・選評が一般公開されています。これ結構、他人の小説に対する考え方とかが分かって面白いです)。失礼を承知で嫌な言い方をすれば《落選作》なのですが、決して劣った作品とは思わず、私はこの作品が好きだと自信を持って言えます(こういう作品に弱い人間だということは否定しませんが……)。好感を持って読み進められる、疾走感のあるエンターテイメントです。善良さがかいま見えるユーモラスな文章も好きです。SF的な問題点を掘り下げていく話ではないので、その部分で引っ掛かる人はいるかもしれませんが、すこし不思議な恋愛ミステリとしてはとても愉しいものになっています。
(2017年08月10日)
どんどん橋、落ちた
講談社文庫 あ52−28
綾辻行人/〔著〕
講談社
税込価格  842円
 
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難題に屈する快感に浸ってください。
おすすめ度:
 本書は、作中でU君が楳図かずおを人生の師と仰いでいるのと同様に、多くのミステリ、ホラー好きが人生の師と仰いでいるだろう作家、綾辻行人の名作群の中でもトップクラスの衝撃度を誇る短篇集『どんどん橋、落ちた』の新装改訂版です。読んだことない方には是非読んで欲しい一冊ですし、旧版を既に読んでいる方はこれを機に、是非再読してみませんか、と伝えたくなる一冊です。一歩間違えれば読者の神経を逆撫でしかねない《謎解き》に屈することに快感を抱いてしまう。そんな悔しささえも魅力に変えてしまう傑作です。

(ここからは個人的な思い出話を含む、長い蛇足のようなもの。苦手な方は注意!)

 私は人生の内で本書を(旧版も含めて)3回通しで読んでいるのですが、1回目や2回目の時と今回では面白さの感じ方が違っていることに気付きました(と言っても以前読んだ時の感想がはっきりと頭に残っているわけではないのですが……)。しかし内容の大部分をほとんど忘れてしまっている自分の記憶力の無さには幻滅(毎回、新鮮という利点もある、と言い訳しておきます)するのですが……。問いに対する答えへの驚きが楽しい(本書の中にある皮肉は常に感じ取れていたものの)のは今も昔も変わりませんが、小説の《僕》の姿に自身を省みたのは今回が初めてでした。
 解説では《作者は「僕」に託して、忘れそうになっていた無邪気さを取り戻したいという思いや、一方で無邪気さに浸り切ることへの違和感や、当時の日本のミステリシーンへの屈折した思いを描こうとしており、決して「原点に立ち返る」と単純化することはできない。》と書かれていますが、これはミステリ以外に当て嵌めることができるような気がします。こういった矛盾した想いというのは、(仕事を始めとする)《何か》に慣れてきた人間なら誰もが抱える想いなのかもしれません。今の自分と昔の自分の考え方を比べてしまい、小さな痛みを感じました。……とはいえ本書は昏い感情を刺激する苦しい小説ではなく、楽しい《犯人当て》ミステリです。ちょっと(いやかなり)挑発的で、挑戦的ですが。初めて読む方は、まずこの《犯人当て》の驚きに浸ってください。
(2017年08月04日)
AIに負けた夏
メディアワークス文庫 と1−10
土橋真二郎/〔著〕
KADOKAWA
税込価格  659円
 
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相手の見えない運命の赤い糸を手繰った先にあったのは?
おすすめ度:
《「……わかった。だったら約束する。AIは俺の運命の赤い糸が見えると言った。そしてそれを繋げると。でも、そのAIが作った運命に負けないと誓うよ」》。
 アンドロイドの知能学習をする会社『フレドリカ』が行う恋愛シミュレーション。恋人を女性に奪われるという失恋をした秋山明は、《成功率百パーセントの恋愛相談所》と好評のその恋愛シミュレーションに参加する。その後、実在する女性の性格がインプットされたアンドロイドとのシミュレーションで、バグが起きた、とアンドロイドのライズが彼の自宅を訪れる。秋山と唯一相性の良かった女性のデータが見つからない、とライズから聞かされた秋山は、失われた彼女を探すことになるのだが……。
 AIによって作られた運命の赤い糸に抗う青年の物語は、二転三転し、意外な結末を迎えます。本書は静かな余韻が残る恋愛SFミステリです。結末を知った後、物語前半のある登場人物の台詞を読み返すと、まったく別の意味で読み取れるのが魅力的です。それはすこしロマンチック過ぎるのかもしれませんが、嫌な感じは受けませんでした。出会えたことが嬉しくなるような、切なくて優しい恋物語です。
(2017年08月01日)
紅城奇譚
鳥飼否宇/著
講談社
税込価格  1,836円
 
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狂気と意外性に満ちた本格時代ミステリ!
おすすめ度:
 戦国時代、龍造寺、大友、島津の三氏鼎立の状態にあった九州において、その影響がいまだに及ばぬ地域があった。その地を支配する鷹生龍政はその傍若無人を絵に描いたような所業で近隣の戦国大名から恐れられていた。本書は彼の居城《紅城》で起こる異常な謎を、腹心である弓削月之丞が解き明かすという連作ミステリです。
 異常な謎の見方をすこし変えると、意外な真実が浮かび上がる。本書は解き明かされる真実の意外性が魅力的な一冊なのですが、その謎と真実には常に狂気が付きまといます。常軌を逸した城主(上司)の存在が、作中にヒリヒリとした緊張感をもたらします。しかし話が進む内に、人間関係は変化していきます。この歪んだ人間関係が作り出す結末は思いもよらないものです。『死と砂時計』や『官能的 四つの狂気』など一筋縄ではいかない作家が描く、衝撃の本格時代ミステリです。
(2017年07月30日)
探偵が早すぎる 上
講談社タイガ イB−01
井上真偽/著
講談社
税込価格  745円
 
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犯人に同情しちゃう系ミステリ
おすすめ度:
 都内の私立高校に通う十七歳の女子高生である一華は、父親の死によって得た兆クラスの莫大の遺産のために身内から命を狙われるようになる。一華に仕える橋田が彼女の命を守るために、ある探偵に依頼をする。その探偵は、起こった事件を解決する探偵ではなく、事件自体を未然に防ぐ探偵だという……。本書は、起きた事件を解決するのが探偵という読者の常識を覆すミステリです。犯罪計画はかなりえげつないものが多いのに、ユーモラスな雰囲気のためか、計画者たちに同情を覚えてしまうのが印象的です。計画者たちのほとんどは好きになれるような性格ではないが、変な感情移入を起こしてしまい、どこかで彼らの成功を願っているのに気付いた。その歪んだ応援が、徐々に加熱していく複雑な罠と探偵のせめぎ合いを魅力的なものにしているように感じました。
 設定に驚き、トリックの多さに驚き、結末に驚く。三重の驚きが仕掛けられた強烈なミステリです。常識破りのミステリが、読者を挑発します。
(2017年07月30日)
わざと忌み家を建てて棲む
三津田信三/著
中央公論新社
税込価格  1,728円
 
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曰くつき物件の集合体を舞台にした、恐怖の一冊!
おすすめ度:
《曰くのある家や部屋を一軒に纏めて建て直し、そこで人間が暮らすとどうなるか。》まったく別々の曰くつき家屋を一つに繋げて建て直したマッドサイエンティストの実験室のような建物《烏合邸》。作家の三津田信三(《僕》)は、同好の士である編集者の三間坂秋蔵から渡された《烏合邸》に関わった人々の記録を読んで(あるいは聞いて)いくのだが、記録に関わる内に読み手である《僕》の周囲でもおかしなことが起こり始める。
 前作『どこの家にも怖いものはいる』同様、虚構と現実、論理的な部分と非論理的な部分の境界が曖昧になっているのが、とても印象的です。前作以上に作中作の語り手は信頼できないものになっていて、それを《僕》こと三津田と三間坂の二人が記録の謎と怪異を紐解いていく様子はすこぶる刺激的です。しかし謎めいた部分がすべて解決される(解釈がつく)というわけではありませんが、そのすっきりとしない感覚がホラーとして強い魅力になっています。
 前作を読んでいないと愉しめない作品ではないのでそこは安心してください(ただ前作も併せておすすめです)。四つの記録の恐怖に耐えた読者の心を打ち砕くような《意外》な恐怖が、物語の終盤に待ち受けています。その恐怖に酔いしれてください。いや、酔いしれるだけで済めばいいのだけれど……。
(2017年07月27日)
星降り山荘の殺人 新装版
講談社文庫 く43−4
倉知淳/〔著〕
講談社
税込価格  972円
 
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《誰が読んでも愉しい》に限りなく近い稀有なミステリ
おすすめ度:
 中規模の広告代理店で働く杉下和夫は、後輩を庇って上司に手を出してしまったため、馘首(クビ)になることも覚悟して落ち込むが、上司の評判の悪さもあり馘首は免れる。しかしカルチャークリエイティブ部に部署が変わることになってしまう。いわゆる「芸能部」であるその部署で和夫は、《スターウォッチャー》という肩書きを持つ星園詩郎の付き人として働く事になる。和夫は、特異なキャラクターと際立った美貌で女性からの人気が高い星園とともに、仕事のために埼玉県渡河里岳にある山荘を訪れる。本書は閉ざされた雪の山荘で起こる殺人事件を描く、王道のような物語でありながら強い個性を併せ持つ、倉知淳の代表作の新装版になります。
 趣味嗜好なんて十人十色ですから、誰もが楽しめる小説なんていう紹介をすることはできないですが、怪しげでユニークな登場人物、伏線が物語の自然に溶け込む読み心地の良い文章、意外な真実……と、本書はこれからミステリを読みたいと思っている人、ミステリが好きな人の8〜9割が満足できる傑作だ、と思います。愛らしさ(あるいは憎らしさ、あるいはその両面)を持つユニークな登場人物たちのやり取りもユーモアとシリアスのバランスが良く、とても好感が持てます。《誰が読んでも愉しい》に限りなく近い稀有なミステリだと思います。 (2017年07月21日)

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