[要旨]
フィリピンにおいて賭博は、政治家から市井の人々に至るまで、社会のあらゆる階層に深く埋め込まれている。本書は、フィリピン社会の日常的な賭博実践、とりわけ闘鶏と数字くじに注目し、日々賭け続ける賭博者たちの姿を鮮やかに描き出していく。なぜ彼らは賭けるのか、賭けを通じた世界にはどのような意味が付与されているのか。「運」によって自らを世界と相関しようとする賭博者たちの思考と実践を通して、「賭ける」ことの意味を探究する。
[目次]
彩色の精神;第1部 賭博が根差す場、その基層(賭博との出会い、フィールドワークの輪郭;フィリピン賭博の歴史;規律訓練されない賭博者たち;善悪と神);第2部 闘鶏―人間と鶏が織りなす伝統的熱狂の円環とリズム(闘鶏のエコノミー―鶏と関係を結び、鶏に生活を賭ける人々;充満する「負けの理由」―鶏に賭ける技法と不運の制御);第3部 数字くじ―無根拠性の内に増殖する自己と世界の接続(つまらない賭博への没頭―数字で世界を埋め尽くす;確率的思考の流転と現実性への接近―異なるレイヤーを往還する);意味に満ち満ちた世界
運と戯れ、現実に驚く賭博が「生」をアクティベートするフィリピン社会に深く根ざす賭博実践に注目し、人々が不確実性に身を委ねる姿を通して「賭ける」ことの意味を文化人類学的に考察するフィリピンにおいて賭博は、政治家から市井の人々に至るまで、社会のあらゆる階層に深く埋め込まれている。本書は、フィリピン社会の日常的な賭博実践、とりわけ闘鶏と数字くじに注目し、日々賭け続ける賭博者たちの姿を鮮やかに描き出していく。なぜ彼らは賭けるのか、賭けを通じた世界にはどのような意味が付与されているのか。「運」によって自らを世界と相関しようとする賭博者たちの思考と実践を通して、「賭ける」ことの意味を探究する。
師田 史子 (モロタ フミコ)
1992年神奈川県生まれ。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科助教。2016年横浜市立大学国際総合科学部卒業。2022年京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科(5年一貫制)修了。博士(地域研究)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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4-7664-3014-X
日々賭けをする人々 フィリピン闘鶏と数字くじの意味世界
師田史子/著
慶應義塾大学出版会
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BK