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ジョン・デューイの美学・芸術教育論集

出版社名 三元社
出版年月 2025年2月
ISBNコード 978-4-88303-600-4
4-88303-600-6
税込価格 3,740円
頁数・縦 293P 21cm

商品内容

要旨

民主主義に根差した自律的な生き方をつくり出すために、美術教育は何ができるのか。―約百年前の教育理論から、その解が導かれる。

目次

第1部 芸術教育の原理と方法(想像と表現(一八九六年)
教育における美的要素(一八九七年)
教育における芸術(一九一一年)
個性と経験(一九二六年))
第2部 美学・芸術心理学(美的感覚(一八八七年)
情動的思考(一九二六年)
芸術哲学(一九三八年))
第3部 美術館教育(バーンズ財団除幕式での献辞(一九二五年)
『ルノワールの芸術』への序文(一九三五年)
装飾芸術博物館の教育的機能(一九三七年)
私たちの遺産としての芸術)
第4部 民主主義の文化形成論(教育における教養と産業(一九〇六年)
教育における社会的目的(一九二三年)
政治と文化(一九三二年)
創造的な民主主義―目の前にある課題(一九三九年))
第5部 バーンズ財団の芸術教育論(トーマス・マンロー 美術教育のための建設的プログラム(一九二五年)
アルバート・C・バーンズ、ヴィオレッテ・デ・メイジア 方法(一九三五年)
視ることを学ぶ(一九三五年)
表現と形態(一九三五年)
経験と成長(一九三五年))

著者紹介

デューイ,ジョン (デューイ,ジョン)   Dewey,John
1859‐1952。アメリカの哲学者、心理学者、教育学者。アメリカ心理学会、アメリカ哲学会、全米幼稚園協会の会長、進歩主義教育協会の名誉会長、全米教育学会の終身名誉会長などを務める。バーモント州バーリントン出身。ジョンズ・ホプキンス大学で1884年に博士号を取得したあと、ミシガン大学(1884年〜1894年)、シカゴ大学(1894年〜1904年)、コロンビア大学(1905年〜1930年)で教鞭を執った。子ども中心の学習を重視する進歩主義教育運動のリーダー的存在であり、児童労働や人種差別など多くの社会問題に積極的に取り組み、女性参政権や学問の自由を擁護した。1919年に来日しており、日本とも関わりが深い
マンロー,トーマス (マンロー,トーマス)   Munro,Thomas
1897‐1974。アメリカの教育者、美学者、美術批評・美術史家。ネブラスカ州オマハ出身。ジョン・デューイに師事し、1920年にコロンビア大学で博士号を取得した。1924年から1927年までバーンズ財団の教育担当副局長を務め、ペンシルバニア大学とコロンビア大学で美学や近代美術を教えたあと、1931年から1967年までクリーブランド美術館で教育学芸員を担当し、ラトガーズ大学やケース・ウェスタン・リザーブ大学でも教鞭を執った。1942年にアメリカ美学会を創設し、1945年から1964年までJournal of Aesthetics and Art Criticismの編集者を務めた
バーンズ,アルバート C. (バーンズ,アルバート C.)   C.Barnes,Albert
1872‐1951。ペンシルバニア州フィラデルフィア出身の実業家、美術蒐集家、美術批評家、美術教育者。1892年にペンシルバニア大学で医学博士号を取得した後、ドイツに渡り、ハイデルベルク大学で製薬化学を学んだ。1908年に製薬会社A.C.バーンズ社を創設。消毒薬のアルジロールの発明で財を成し、印象派とポスト印象派を中心とした絵画、アフリカ彫刻やネイティブ・アメリカンの工芸品などを蒐集し、1922年、鑑賞の促進を目的とした教育機関であるバーンズ財団をペンシルバニア州から認可を受けて設立した。1920年代のニュー・ニグロ運動に積極的に関わり、アフリカ美術の認識を高めることに貢献するほか、アフリカ系アメリカ人の高等教育の質的向上にも尽力した
デ・メイジア,ヴィオレッテ (デメイジア,ヴィオレッテ)   de Mazia,Violette
1896‐1988。デ・メイジアはパリで生まれ、1920年代に渡米。アルバート・C・バーンズによって1922年に創設されたバーンズ財団で美術教育プログラムの開発に携わり、1935年から1966年まで財団理事を務め、1951年に教育局長に就任、1987年まで財団で教えた。ラ・サール大学やリンカーン大学などから名誉学位が授与されている
中村 和世 (ナカムラ カズヨ)  
広島大学大学院人間社会科学研究科教授。米国インディアナ大学大学院教育学研究科にて2000年にPh.D.取得。米国イリノイ大学大学院教育学研究科にて2014年度フルブライト研究員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)