
武士道 いま、拠って立つべき“日本の精神”
いま、拠って立つべき“日本の精神”
| 出版社名 | PHPエディターズ・グループ |
|---|---|
| 出版年月 | 2003年9月 |
| ISBNコード |
978-4-569-63041-0
(4-569-63041-3) |
| 税込価格 | 1,320円 |
| 頁数・縦 | 204P 19cm |
| シリーズ名 | 武士道 |
商品内容
| 要旨 |
サムライのごとく気高く生きよ。日本人の精神的支柱がここにある。読みやすい現代語新訳。 |
|---|---|
| 目次 |
武士道とはなにか |
| 出版社 商品紹介 |
何もかもうまくいかず、将来への不安と閉塞感が広がる日本。生きる指針と誇りを失った日本人に贈る、世界的名著「武士道」の口語新訳。 |


おすすめコメント
日本人の精神的支柱がここにある。サムライのごとく気高く生きよ。混乱する現代に、人生行路を照射する一筋の光のごとき言葉の数々。不朽の名著、新渡戸稲造の「武士道」がいま、甦る!
内容抜粋
本書「解説」より
たとえば、現代人の多くが行動判断の基準としている合理的精神は、突き詰めれば「どっちが得か」という相対的なものである。しかもこの精神は、数字で比較できる経済的なものには効力を発揮するが、目に見えないもの、つまり正義とか心のやさしさとか人情といったものには適合しにくい。だが、武士道における「義」は、普遍的な良心の掟にもとづく絶対的価値観を基準にしているので、いわば不合理の精神である。いかに不合理であるかは、「正義のためには死も辞さない」という言葉ひとつでもわかる。武士道においては、「生命」よりも「正義」のほうが大切なのはこのためである。したがって、こうした「義」を遂行するにあたっては、よほどの自律心が養われていなければ至難の業ということになる。自律心とは、文字通り「みずからを律する心」のことである。「かくあるべし」とする規範の確立といってもよい。ところが、今日の戦後社会では、合理的価値観のみを金科玉条のごとく信じこみ、「どっちが得か」の打算主義だけがまかり通り、よほどの人格的修養を積んでいないと、とてもじゃないが「義」など実行できるはずもないのである。その証拠に、現代人にとって、いまや「義」は古くさい徳目としてどこかに忘れ去られ、私利私欲のためには「勝てば官軍」「見つからなければ罪ではない」などと勝手な理屈をつけ、卑劣で、狡猾で、許しがたい不正行為が平然とはびこっているではないか。「自分さえ得すればいい」とばかりに理不尽なリストラを行う経営者、仕事もしないで税金の無駄遣いをしている天下り官僚なども同類である。そこには「正義」や「人情」などみじんもなく、「義」より「打算」が勝っているのが現代なのである。