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明文堂書店石川松任店のレビュー
 


 2年近くレビューを書いてきた明文堂書店石川松任店の瀬戸と申します。『誰も死なないミステリーを君に』が私の当店での最後のレビューとなります。細々とですが、それなりに続けさせて頂いたので、ご挨拶のためにここを使わせてもらいました。場所を変えてまたレビューを書く(かも)しれませんが、とりあえずは、さようなら。もしまた似た文章のレビューを見掛けた際、本を買う時のちょっとした参考にしてくれると嬉しいです。

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掲載レビュー全158件
 
誰も死なないミステリーを君に
ハヤカワ文庫 JA 1319
井上悠宇/著
早川書房
税込価格  670円
 
通常1〜2日で出荷
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優しさと切なさに満ちた深い感動を、読者(きみ)に捧ぐ
おすすめ度:
 遠見志緒にはその人が死ぬ運命にあるのかどうかが分かる、という特異な体質があった。志緒にだけ見える死の予兆を、《僕》は《死線》と名付けた。しかしそれは確実な運命を表すものではなく、回避可能な死の予兆である。正しいやり方で死の要因を取り除けば、死線は消える。死線が見える志緒と、彼女の突飛な言葉を信じる《僕》だけが、見えない致命傷を負った誰かを助けることができる、と死の運命を回避するために、他の誰も知らず誰からも評価のされないボランティア活動を続けていた。志緒はある時、《僕》が卒業した秀桜高校の文芸部四人の顔に死線を見る。彼らは《僕》が在学していた時の文芸部のメンバーで、その時の文芸部員の一人が校舎から飛び降りて死んでいた。彼らはその死に関係があるのか? 二人は宿泊施設のある無人島を用意して安全なクローズド・サークルを作るのだが……。
 最初から死ぬ運命が分かっているのなら、その死に抗えるかもしれない。誰も死なないことを願った優しいふたりの物語は、やがて誰もが忘れることのできないミステリーへと変わっていきます。意外な真実は時に残酷だけれど、優しさが失われることはない。余韻がとても心地よいミステリーです。優しさと切なさに満ちた深い感動を、読者(きみ)に捧ぐ。 (2018年03月17日)
小説禁止令に賛同する
いとうせいこう/著
集英社
税込価格  1,512円
 
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小説というものに興味がある人は、是非ご一読を!
おすすめ度:
 近未来が舞台。さる重要な部局による『小説禁止令』に賛同した収監者の《わたし》(著者自身と重なる部分が多い人物)は、憎むべき小説の欺瞞を暴くための随筆を小冊子『やすらか』に執筆している。かつて小説を書いていた《わたし》が『小説禁止令』に賛同する随筆を書く、という小説の中で、小説の不可思議を論じていく行為が、《わたし》(そして著者の)の小説への愛(と憎しみ)を感じさせるものになっています(混乱してきたな……)。
 これだけでも個性的な作品なのですが、この小説を強く印象に残るものにしているのはそれだけではありません。本書では《わたし》の《随筆》から外側の状況がすこしずつ分かってくるが、その全容が明らかになることはありません。作中に挟み込まれる刺激的な言葉が読者に怖い想像を与えます。強い恐怖を孕んだ物語でもあるのです(文章の外が分からないことが、何よりも怖い)。そして徐々に『やすらか』の連載は、形を変えていく……。賛否は分かれそうですが、タイトルからは想像できないような深い哀しみと強い決意を感じさせるラストが印象的でした。
 夏目漱石『行人』、中上健次『地の果て 至上の時』、カフカ『審判』……、深い文学的教養に根ざした小説ですが、いわゆる《衒学的》と評されるタイプの作品とも違っています。決して読みにくいわけではありません。しかし内容は決して優しくはなく、自分の読み方が間違っているのではないかと不安になるような、一筋縄ではいかない作品です。曖昧な表現ですが、そこに文学の奥深さを見たような気がしました。このタイプの小説に疎い私でもそれは分かりました。小説というものに興味がある人は、是非ご一読を! (2018年03月10日)
メルカトル
角川文庫 な52−5
長野まゆみ/〔著〕
KADOKAWA
税込価格  562円
 
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『メルカトル』という表紙の《地図》を開いて、旅に出る
おすすめ度:
 とある港町の運河で酔っぱらいの船員に拾われ、救済院で孤児として育った十七歳のリュス・カルヴァート。自身の名前の意味を《排水管のゴミ虫》と頑なに信じるリュスは、学費を稼ぐ目的で、港町ミロナにある《ミロナ地図収集館》で働いていた。そんな生い立ちから自らの感情を封じこめようとする性質を持つリュスはある時、彼に敵意を向け、嫌がらせを行っていた利用者の少年から「祖父からの正式な書状」と言われ、奇妙な書状と同封された一枚の地図を受け取る。
 ときおり決められた道を逸れて、道に迷いたくなる。そんな風な考えを持つ人は決してすくなくない、と思いますが、年齢を経るに連れて薄まっていく感覚でもあると思います。どこか郷愁を感じさせるような世界の中を生きる少年の冒険と人々の繊細な人間関係を綴った本書は、好奇心に駆られて道から逸れることの愉しさを自覚せずに知っていた《あの頃》に読者を引き戻してくれるような作品です。ノスタルジックな雰囲気の冒険譚でありながらも、その冒険の内容や登場人物たちのやり取りはとても個性的です。少年と女性たちの不思議な物語は、謎(その答えはやや唐突には思えたものの)を解き明かした後、幻想的な余韻を残したまま幕を閉じる。それがとても心地いい。遠い世界の不思議な物語が好きな人におすすめしたい作品です。
 どこか遠くへ生きたい、当ても無い旅に出たい。だけど時間が……、そんな方は『メルカトル』という表紙の《地図》を開いて、旅に出るのです! 読んだ者を、未知の旅へと誘う独創的な逸品です。
(2018年03月07日)
バナナの皮はなぜすべるのか?
ちくま文庫 く28−1
黒木夏美/著
筑摩書房
税込価格  1,026円
 
通常1〜2日で出荷
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バナナの皮は如何にしてギャグとなったのか?
おすすめ度:
《バナナの皮ギャグは国境を越え時代を超え、作品のジャンルの違いを乗り越えて、今日まで受け継がれてきた。チャップリンやドリフターズを知らない人は現在ではすでに珍しくなくなりつつあるが、バナナの皮ギャグならなぜか誰もが知っている。そんな驚異的な知名度を誇るバナナの皮ギャグ、しかしそれは有名無名の大勢の笑いの職人たちがバナナの皮ギャグをリレーし続けてくれたおかげなのである。》
 本書は《バナナの皮ですべる》という誰もが知る定番ギャグを論じた一冊です。それ以上でも以下でも無いのですが、このギャグへ傾ける著者の情熱が素晴らしく魅力的です。序文にこんな文章があります。《よく考えると、バナナの皮ギャグなんてつまらないギャグ、下等な笑いの代名詞のようなものでしかないし、そんなものの正体が分かったところでバナナの皮ほどの価値もないのかもしれない。それに、評論家や研究者はこれまで大勢いたはずなのに、この問題に本気で取り組んだ人は誰もいないようだ。取り組む意味が大してないからだろう。》そんなことを言いつつも著者は、バナナの皮に関係する数多くの作品や資料(あるいは出来事)に当たりながら、そのギャグの本質を紐解いていきます。意味を度外視して自身のしたいことに情熱を注ぐ。その姿勢に尊敬の念を抱きました。
 使い古され、色褪せたはずのギャグが、論じられることによってふたたび強く輝き出す。ギャグ好き必携の一冊です。そして本書はバナナに関するあらゆる事柄に触れていくので、バナナ自体の奥深さまで知ることができます。そういう意味ではバナナ好き必携の一冊とも言えるかもしれない。というよりも、バナナの皮、と聞いて、すべる、と思い浮かべた人、必携の一冊なのです。大体の人は思い浮かべますよね? (2018年02月27日)
ディレイ・エフェクト
宮内悠介/著
文藝春秋
税込価格  1,566円
 
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不条理な騒動が、深い哀しみを持った物語へと変わっていく
おすすめ度:
《わたしは婿養子なので、実際は義理の祖母にあたる。その義理の祖母は娘より若い七歳で、故人で、半分ほど透け、身体のうしろ半分は液晶テレビにめりこんでいる》
 2020年現在と戦中の1944年が、突如、重なり合う。そんな《ディレイ・エフェクト》と名付けられた奇妙な出来事に襲われた東京。芥川賞候補になった表題作は、そんな不条理な騒動が、深い哀しみを持った物語へと変わっていく傑作です。続く「空蝉」はわずかな活動期間で収益もなく、信者のようなファンがごくわずかいるだけのバンド〈ナイト・クラウン・クイーン、そしてキング〉の元メンバーであり、周囲の人間に強い印象を残してこの世を去った六ノ宮の死を、少なからずバンドの活動に関わっていた《わたし》が長い月日を経て周囲の人物たちに話を聞いていくという物語。明らかになる意外な《動機》が印象的な作品です。そして最後の作品が、〈鳥祖神社〉の神様を語り手に男女四人の人間模様を滑稽に、しかし時に切なく描く「阿呆神社」。
 肌触りの異なる作品が三つ並んでいて、とてもバラエティに富んでいます。特に表題作は印象的で、是非とも多くの人に読んでもらいたい作品です。短い分量の中に、色々なジャンルの面白さが詰まっています。ミステリを全面に押し出した作品では無いですが、三篇ともミステリの色合いも強く、ミステリが好きな人にもおすすめしたい作品集です。
(2018年02月22日)
雪子さんの足音
木村紅美/著
講談社
税込価格  1,404円
 
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親切が生み出す、リアルな人間関係。
おすすめ度:
《眠るように死んでまだきれいなうちに下宿人に見つかるというのが、雪子さんの理想の最期だった。その望みは叶えられなかったことを、八月の終わり、薫は出張さきの品川のホテルで朝刊を読んでいて知った。》
そんな始まりの雰囲気からは想像できないような、意外な刺激を持つ作品です。物語は熱中症で月光荘の大家である川島雪子(90歳)が亡くなったということを、20年前に月光荘で暮らしていた湯佐薫が知るところから始まる。大学三年の薫、息子を喪ったばかりの大家である雪子さん、テレフォンオペレーターをしている同い年の小野田さん。そんな三人の下宿内の人間関係が綴られていきます。
 親切はときに疎ましく、しかしそれを疎ましいと思っている自身が憎らしくなるので、それを口に出すことはできない。ふと本書を読みながら浮かんだ言葉なのですが、意外と多くの人がその言葉に首肯してくれるのではないだろうか、とも思いました。お節介とかありがた迷惑といった言葉があるように、当然ですが親切というのも度が過ぎると相手が不在の独り善がりのものになってくる場合があります。そういった人間関係を形成する上で重要な問題が、本書では丁寧に描かれています。
 大学生と下宿先の大家さんの関係を軸にして物語は進んでいきますが、決して大家の雪子さんは大学生の薫に対して親切を強要してはいない(しかし中々断りにくい態度を雪子さんは取っている)し、薫も最初は親切を利用してはいない。そして悪意から始まったわけではない関係は徐々に綻んでゆく。後半の内容に踏み込んでしまうため具体的には書けないのですが、小野田さんや雪子さんの本心が分からないために、この関係はとても気味が悪く、怖いものになっている。しかし自分の身の回りで同じようなことが起こってもおかしくなさそうなリアルな人間関係だからか、すこし切なくもなります。距離感というものを深く考えさせられます。
 ただ雪子さんの親切の悪い面ばかりではなく、良い面も結末になると浮かび上がって来るので、読後感は(中盤の怖さに比べて)意外と悪くないです。そこでもしかしたら好き嫌いが分かれるかもしれませんが、私は好感を持ちました。
(2018年02月22日)

ちくま文庫 か67−1
アンナ・カヴァン/著 山田和子/訳
筑摩書房
税込価格  972円
 
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あまりにも美しく、どこまでも昏い……。
おすすめ度:
 あまりにも美しく、どこまでも昏い。本書を読みながら浮かんできたのは、そんな言葉だった。終わりゆく世界と薄幸の美少女への深い思慕。そこから容易に連想される涙を誘うような感動や甘いロマンスはここには欠片も存在していない。必要以上の説明を排した言葉で創造された静かな世界の底から、ときおり、痛切な咆哮が聞こえる。アンナ・カヴァンが表現した《誰も見たことが無いであろう》世界は、凡庸な理解を平然と拒絶する。解説に書かれている《「小説とは、このようなものだろう」と決めてかかった読者は、ことごとく期待を裏切られるにちがいない。起承転結。序破急。そのような、「小説作法」的な展開は、この小説には、ほとんどない。》という言葉に一切の嘘偽りはない。もしあなたが読書に対して完璧な把握を求めている方なら、この小説はおすすめしない。読者の問いに対して、明確な答えを返してくれるような作品ではありません。
 正直に告白すると、凡庸な私はこの小説を開くのが四回目で、最後まで読み通したのが今回初めてだった(誤解が無いように言っておくと今までも決して面白くなかったわけではない。ただすごい小説を読んでいるという感覚があり、今まではその小説の凄味に耐え切れなかったのです。ある程度の精神力が必要な作品だとも思う)。そんな私がこの小説を的確に読み取れているなんて間違っても言えないけれど、今回読み終えて(実は読んでいる途中から思っていましたが……)、この小説は読み継がれていくべき作品だ、という強い想いを抱きました。永遠に溶けない氷細工。あなたはそんな奇蹟のような体験をすることになる。《小説でしか味わえない》という惹句は決してめずらしくありませんが、実際に《小説でしか味わえない》小説は決して多くは無いと思っています。しかしこの作品は他のもので置き換えることができない、《小説でしか味わえない》小説だと自信を持って言えます。
 しかし……今年の北陸は特に寒く、雪が多かったなぁ……。 (2018年02月18日)
サハラの薔薇
下村敦史/著
KADOKAWA
税込価格  1,728円
 
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圧倒的疾走感がたまらない、予測不能の冒険ミステリ!
おすすめ度:
 考古学者の峰隆介をリーダーとする発掘隊がエジプト発掘調査で発見した石棺。その中に入っていたのは、数千年前のミイラではなく、死後数ヶ月しか経っていないミイラだった。盗掘者が仲間割れの末、放置された、と予想されるそのミイラに、歴史的価値は皆無と峰は感じたが、エジプト考古省が過剰反応を見せたり、峰に対する突然の襲撃と遺物保管庫襲撃事件のタイミングが重なったり、と不審な点は多かった。そして発掘調査は最後まで成果が出ないままフランスへと向かう飛行機に乗るが、その飛行機は謎の墜落を起こす。生き残った彼らの眼前に広がるのは、航路に存在しないはずの砂漠だった。生き残った者たちは砂漠の中を歩くか、それともその場に残留するか、で対立する。砂漠の中を歩くことになったメンバーにはそれぞれ信用の置けない点があり、生死を分ける出来事が頻発する中で、意外な真実が次々と明かされていく。そのたびに峰は日常では考えられないような選択に迫られる。
 誰も信用できない極限状況下で、常に選択を強いられる。本書は様々な問題を内包した壮大(後半は世界規模の話になってくる)な冒険小説としても、非常に繊細に紡がれたミステリとしても面白い。状況はめまぐるしく変わり、まったく先の読めない展開が続く。そして主人公の峰も含めて多くの登場人物が罪を抱えているのが印象的だ。清廉潔白では無いからこそ(良い意味で)信用の置けない物語になっていると同時に、各々に罪(ここでいう《罪》とは、必ずしも法律的な犯罪に対してだけに言っているわけではなく、本人が罪の意識を感じているかどうか、ということである)があるからこそ終盤以降の登場人物たちの想いが心に迫る物語になっています。圧倒的疾走感がたまらない、予測不能の冒険ミステリです。
(2018年02月10日)
私はテレビに出たかった
朝日文庫 ま40−1
松尾スズキ/著
朝日新聞出版
税込価格  1,015円
 
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遅れてきた青春が暴走? 最良にして最高の青春エンタメ!
おすすめ度:
 有名外食チェーン店『肉弁慶グループ』東京本社の人事部に勤めるいたって普通の中年サラリーマンである倉本恭一は『肉弁慶グループ』の今期のCМへの出演を依頼されたことを嫌がる上司(実は大して嫌がってはいないのだが……)に代わりCМに出演することになる。しかし撮影に遅刻する上に、現場に向かう途中で踏んでしまった犬のウンコが放つ異臭のせいでテレビ関係者に迷惑を掛けてしまう。仕事を早退し失意の中にいた恭一は、靴を綺麗にするため入った公園のトイレで、高校時代の陸上部の同期だった茂木壮太と出くわす。成績優秀で容姿端麗、あまりにもモテることからモテチンと呼ばれていた彼は、四十歳を過ぎて公園の便所の清掃員になっていた。最初はモテチンに対して意地悪な気持ちが伴った出会いだったがそんな想いはすぐに消え、モテチンの現在へと至る人生を聞いていく内に恭一は自分の人生に悩み出す。そして徐々に恭一の中でテレビに写りたいという想いは強まっていく……。
《テレビには出たい! やっぱり出られないのは悔しい! だけど、つくづく有名にはなりたくない!》そんな基本スタンスで続いていく物語がとても楽しく、有名になりたい男のサクセスストーリーみたいな話よりも、こういう作品のほうが(私は)ずっと好きだ。もしかしたら夢や目標の価値とは事の大小ではなく、執着や想いの強さで決まると思いたいのかもしれない。しかしいくつもの事件が重なり、物語は意外な展開を見せます。ホラーサスペンスのような要素まで含んでいて、怖さを持った物語でもあります。好きになれない登場人物は正直多い。しかし好きになれない部分も含めて、人間臭い魅力があります。
 これは自分のことを冴えないとか詰まらないとか思っている人たちのための、最良にして最高の青春エンターテイメントだ(後半の多くの登場人物が暴走していくその過激さも含めて)。遅れてきた青春。その熱のやり場に困っている人にとって、永遠のバイブルになりうる一冊だ。褒め過ぎ? いやいや的を射た評価だと思うけどなぁ。笑って泣けて、ときどき怖くて……本当に良い小説だと思います。
(2018年02月10日)
口笛の上手な白雪姫
小川洋子/著
幻冬舎
税込価格  1,620円
 
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私が本書とともに過ごした時間は、間違いなく至福に満ちていた
おすすめ度:
《その音量はごく小さかった。にぎやかな音が天井に響く浴場で、口笛を聞き取っている大人はおそらく一人もいないだろうと思われた。ただ小母さんが唇をすぼめているのを見て、口笛を吹いているのかもしれないと推察するに過ぎなかった。小母さんの口笛を聴けるのは、ついこの前生まれたばかりの、まだはかない鼓膜しか持っていない赤ん坊だけだった。》
 静かに紡がれた言葉が胸の内にとけ込み、《共感》という安易な褒め言葉では満足できない次元で、大切な一冊になってゆく。『口笛の上手な白雪姫』は私にとってそんな作品集でした。必要以上に説明過多になる、というような過剰さを一切持たない声(言葉)を拾い上げていく内に、あたたかい気持ちで満たされる。その人の声の力を信じたくなるような作品集だ。ときおり残酷さを織り交ぜながら、しかしとても優しい物語だ(優しい物語ばかりではなく、不安や恐怖を感じるような物語も混じっていて、バラエティに富んだ作品集になっています。特に「仮名の作家」はとても怖い。こういうタイプの作品が好きな私にとっては、嬉しい驚きでしたが……)。そしてその優しさは決して押し付けがましいものではなく、距離感がとても良い。私が本書とともに過ごした時間は、間違いなく至福に満ちていた。 (2018年02月05日)
風神の手
道尾秀介/著
朝日新聞出版
税込価格  1,836円
 
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哀しみの中に、希望が忍ばせられた、優しい物語
おすすめ度:
 遺影専門の写真館《鏡影館》。重病を抱え、「準備」のために遺影を撮りに行く母と一緒に鏡影館を訪れた娘は、一人の老人の遺影を見て、様子がおかしくなった母のことが気に掛かり……。《――ずっと昔に、お母さんのせいで、死んじゃった人がいるの。》そこには二十七年前、火振り漁の夜から始まる哀しい事件があった。そんな第一章「心中花」から始まる物語は章によってそれぞれ別の出来事を描きながら、深い根っこの部分で繋がってゆく……、
 どれだけ孤独に生きようとしても、他者に一切の影響を与えない、というのは限りなく不可能に近いでしょう。存在しているだけで、多かれ少なかれ他者になんらかの影響を与えているものです。そしてその影響というのも厄介なもので、善い行いが悪しき影響を与えることもあれば、悪しき行いが善い影響を与えることもあります。人間関係は、いい加減でもあり、繊細でもある、という複雑なものなのかもしれません。そういった思った通りにいかないもどかしさが丁寧に描かれているのが、本書です。哀しい物語です。しかし哀しみの中に、希望が忍ばせられた、優しい物語でもあります。そして緩やかに繋がっていく物語はやがて意外な顔を見せはじめ、読者は読み始めた頃とまったく正反対の感情を抱くことになると思います。謎が解かれた《その後》までしっかりと大事にしているので、読み心地がとてもいい。心に残る逸品です。
(2018/1/26追記 レビューの内容に誤りがあったため、文章をすこし修正しました。大変失礼致しました)。 (2018年01月17日)
分かったで済むなら、名探偵はいらない
林泰広/著
光文社
税込価格  1,728円
 
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『ロミオとジュリエット』の悲劇は誰のものか?
おすすめ度:
 居酒屋「ロミオとジュリエット」に通う刑事の《俺》は、恋人の父親に手錠をかけた過去があった。彼女が《俺》のことをどう思っているのか、分からないし、知りたくもない。その答えから逃げ回るために仕事にのめりこんだ《俺》は、いくつもの他人の答えを見つけ続けている。《そして気がつくと、望んでもいないのに「名探偵」と呼ばれるようになっていた。》
 読んだことが無い人でもなんとなく内容を知っている文学作品って結構あると思いますが、『ロミオとジュリエット』はその筆頭候補に挙げられるんじゃないかと思います。同じ作者の『ハムレット』や『リア王』よりも一般的な認知度は高いという印象があります。そして本書は『ロミオとジュリエット』をミステリの素材として扱いながらも、「『ロミオとジュリエット』って、一途な愛を貫いた男女の悲恋でしょ」っていうくらいのざっくりとした知識であっても(いや逆にそのくらいのほうが)、強く楽しめる内容になっています。なんでそう言えるかって? だって私がざっくりとした知識しか持っていないから……。もちろんこれもひとつの見方であり、他の見方ももちろんあるのでしょう。
『ロミオとジュリエット』における悲劇は、本当に《ロミオ》と《ジュリエット》のためのものか。物事の見方をすこし変えるだけで、物語は大きく姿を変える。シェイクスピアの名作悲劇『ロミオとジュリエット』に隠された、《もうひとつの》悲劇が凝り固まった謎を解きほぐす。本書は『ロミオとジュリエット』に鏤められたエピソードの別の解釈が物語内で起きる事件に光を与え、意外な結末に持っていく連作ミステリ集になっています。
 幼い頃、いつもの帰り道をすこし変えただけで世界が広がったような気がした。そんなちょっとしたことが大きな変化を作り出すことの美しさを再認識させてくれるような作品です。
(2018年01月14日)
探偵少女アリサの事件簿 〔2〕
今回は泣かずにやってます
東川篤哉/著
幻冬舎
税込価格  1,512円
 
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ギャグとミステリのバランスが絶妙な一品!
おすすめ度:
 犯罪の手伝い以外は基本なんでも請け負う便利屋『なんでも屋タチバナ』の看板を掲げる青年、橘良太と世界的な名探偵ケイコ・アヤラギとその夫で日本国内において有名な(奥さんよりも明らかに格下の)探偵、綾羅木孝三郎の二人を親に持ち、ロリータ・ファッションに強いこだわり持つ十歳の探偵少女、綾羅木有紗。本書はそんな二人が事件に巻き込まれ(あるいは首を突っ込み)ながらも、謎を解いていく『探偵少女アリサの事件簿 溝ノ口より愛をこめて』から続く連作ミステリ・シリーズの第二弾になります。
 東川作品をレビューするたびに書いているような気がしますが、まずキャグとミステリのバランスが絶妙です。何気ないやりとりが結末に至るとミステリの重要な伏線だったことに気付かされる。ギャグとミステリが乖離することなく、しっかりと絡み合っています。代替が利きそうで実は代替が利かない、そんな稀少で、得難い才能だと私は思っています。そして本作ではほっこりする話や辛辣な話が(ユーモアの色が消えない程度に)織り交ぜられていて、物語として深化しているような印象を受けました。今後も楽しみなシリーズです。 (2018年01月06日)
皇帝と拳銃と
倉知淳/著
東京創元社
税込価格  2,052円
 
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死神のような探偵が犯人を追い詰めていく。傑作倒叙ミステリ集!
おすすめ度:
《そしてもう一人の中年の刑事がまた特徴的で、なかなか不気味な外観をしていた。喪服のような黒の上下に、痩せた枯れ木のような身を包んでいる。全身から漂う陰気で鬱々としたオーラもさることながら、その顔立ちが、何ともいえず気味が悪い。感情と生気が感じられない目をしたその警部の顔は、まるで悪魔の使いみたいに見える。いや、この陰気さは悪魔というより死神――そう、死神だ。西洋の宗教画などで描かれる死神が、ちょうどこんな顔をしている。》
 殺人者の計画が小さなほころびから崩れていく。本書は犯人が先に明かされる、いわゆる《倒叙ミステリ》の形式で物語が進んでいきます。探偵役を務める死神を思わせる警察官、乙姫警部によって徐々に追い詰められていく犯人、という構図が犯人の不安や緊張を読者に共有させます。そして場合によっては犯人に同情をすることさえあります。とはいえ犯人は決して可哀想な存在(例外的な人物もいますが……)ではなく、身勝手な思考などもしっかりと描かれていて、その嫌な面が犯人たちの印象をより強めているようにも感じました。
 相方を殺害したコンビ作家の片割れ、恐喝者を殺害した大学教授、悪徳金融業者の叔父を殺害した劇団の演出家……、犯人たちと探偵とのやり取りもとても魅力的です。もちろん結末はただの答え合わせではなく、意外な真相が待ち受けています。特に最終話の意外性と幕の引き方は鮮やかです。今後もこのシリーズは続いて欲しいな、という想い(勝手な想いではありますが……)を強く抱きました。 (2017年12月28日)
今夜、きみは火星にもどる
角川文庫 こ46−2
小嶋陽太郎/〔著〕
KADOKAWA
税込価格  821円
 
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「私、火星人なの」と言う彼女に、僕は恋をした。
おすすめ度:
《人間の体には科学では解明できない特別な器官があって、それはたぶん胸のいちばん奥のところにある。胸にあるけど、心臓ではない。肺でもない。そういった内臓とは違うものである。形はない。しかし確実にある。》
 経験したことのないはずの青春がまるで過去に味わったことがあるかのように、突然記憶が入れ替わる。優れた青春小説の文章にはそんな力があるのかもしれない。私はいつからか著者の描く世界の住人になっていた。いやなりたいと願っていたのかもしれない。青春という曖昧なものだけが持つ美しさと痛みがちりばめられた世界を動き回る、主人公の国吉君やヒロインの佐伯さん、そして脇を固める水野君や高見さん、彼らはとても魅力的です。彼らの抱える悩みや迷い、苦しみは大小様々ですが、それが小さいものであっても薄っぺらいとは思いませんでした。それは登場人物たちの必死さが物語から強く伝わってくるからでしょう。
「私、火星人なの」。本書は不思議な少女に恋をした少年の恋を描く青春小説です。すこし不思議な恋の行方はとても切ない。しかし同時にたまらなく愛おしい気分にもなります。青春の残酷さをしっかりと描きながらも、後味は決して悪くない。後半、国吉君の心の揺れ動きは、胸を打つと同時に、前向きな気持ちにもさせてくれる。
 青春期の不思議な恋を描く作品は数多くありますが、本書が好きな人には平山瑞穂『忘れないと誓ったぼくがいた』や古橋秀之『ある日、爆弾がおちてきて』などもおすすめです。
(2017年12月22日)
この世の春 上
宮部みゆき/著
新潮社
税込価格  1,728円
 
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心ある者の心を震わさずにはいられないような、心の物語
おすすめ度:
 その専横ぶりが不評を買っていた御用人頭が失脚し、六代藩主・北見重興が重病篤により隠居するという急な政変に見舞われる北見藩。物語は、宝永七年(一七一〇年)皐月(五月)の夜半、失脚した御用人頭の屋敷で乳母を務めていた女が各務数右衛門の住まいを訪ねてきたのを、娘の多紀が出迎えるところから始まる。上下巻合わせて800ページ近く、普段読み慣れていないジャンルである時代小説の大作にすこしだけ不安を覚えながら、読み始めたのですが、冒頭から引き込まれてしまいました。本書は時代小説の枠組みの中で、心(精神)の謎を解き明かそうとする(幻想味のある)時代ミステリの傑作です。
 親しみやすい登場人物(後半から主要な登場人物の一人となる気弱な登場人物が個人的には好きでした)たちが冷酷な物語に柔らかな光を与えている。残酷だが、優しい物語だ。真相は醜悪であるにも関わらず、読後感は決して悪くない(ただ結末に、すこし苦味が加えられています。途中退場するある登場人物はもうすこし報われて欲しかったな、という気もしました。とはいえ捉え方次第では、報われている、と言えるのかも……)。心ある者の心を震わさずにはいられないような、怖くて、切なくて、愛おしい物語です。そして本書ではいくつもの親子や夫婦の物語が描かれているのが印象的です。様々な親子や夫婦の形に、「一筋縄ではいかないものだな」と家族関係について深く考えさせられるものにもなっています。 (2017年12月15日)
彼方の友へ
伊吹有喜/著
実業之日本社
税込価格  1,836円
 
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うつくしい結末に、思わず、涙が……。
おすすめ度:
 90歳を超える佐倉ハツのいる老人施設に届けられた黒い紙箱。赤いリボンに結ばれたその箱をほどくと、なかにはチューリップやヒマワリ、スミレなどの花が一輪ずつ色鮮やかに描かれたたくさんの小さなカードが入っていた。《フローラ・ゲーム》。それは波津子(ハツ)にとって、とても懐かしいものだった。波津子の物語は、昭和十二年から始まる。少女雑誌『乙女の友』に憧れた少女はやがて『乙女の友』で働くようになり……。憧れだったものは、すぐそばにある現実へとかわり、いくつもの困難に悩み苦しみながらも成長してゆく。
 戦争の昏い影が付き纏う時代を駆け抜けた少女の成長の物語は、決して幸福に満ちたものではなく、つねに切実さをともなっています。悲惨さも容赦なく描かれています。しかし何度くじけそうになっても前を向こうとする登場人物たちの姿には、希望を感じます。
 本書からは、そして波津子からは、必死で走った者からしか嗅ぐことのできないにおいがしました。そのにおいを好ましく感じると同時に、羨ましい、とも思いました。小さな嫉妬が胸を掠めるほど、主人公の生き方は魅力的でした。主人公だけではなく、本書には印象に残る登場人物が多くいます。個人的には上里が一番印象に残りましたが、多種多様な人物がとても丁寧に描き分けられていて、決して好意的に描かれていない人物も強く印象に残りました。忘れがたい余韻が残る青春小説です。
 うつくしい結末に、思わず、涙が……。
(2017年12月01日)
さよならは明日の約束
光文社文庫 に16−5
西澤保彦/著
光文社
税込価格  778円
 
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また会う可能性がある限り、さよならは常に明日の約束である。
おすすめ度:
 ※本レビューは高橋留美子の名作『めぞん一刻』の中盤の内容に触れます。ネタバレ、というほどのものではないかもしれませんが、今後『めぞん一刻』を読む予定の『めぞん一刻』フリーク予備軍など、未読の方はご注意ください。

 10代の頃、よく読んでいたコミックに『めぞん一刻』があり、その中にとても心に残っているシーンがあります。教育実習生の五代くんは教育実習の終わりに生徒たちから教育実習の感想を寄せられる。女子生徒の八神が五代くんに片想いしていることを知っている生徒たちは彼を冷やかす感想を送るが、当の八神から寄せられた感想は《LONG GOOD-BY(永遠に さよなら)》という素っ気ない一文。しかしそんな言葉を書いた八神が突然現れ、感想を書き足し《SO LONG! GOOD-BY(またね! さようなら)》と変えるシーン。この微笑ましさと切なさが入り混じるシーンがとても印象に残っている。
 本書のタイトル『さよならは明日の約束』を見た時、最初に浮かんだのが、このシーンだった。そして内容も微笑ましさと切なさが入り混じっていて、そんな過去の読書体験が強く刺激されました(『めぞん一刻』を読んだことが無い人は、本書と併せて強くおすすめします)。
 本に挟まれた見覚えの無い手紙、少年時代に聞いた教師の不可解な言動、結末の書かれなかった推理小説、卒業記念寄せ書きの消えた一文……推論を積み重ねることで浮かび上がる不可解な謎の答えに対して当事者が真実を語る(連作中、例外的な作品が一篇だけありますが……)ことはないですが、浮かび上がった答えは真実としか思えないような深い余韻を読者に残します。微笑ましい物語だが、時に苦く切ない。しかし物語の結末は、とても優しい。また会う可能性がある限り、さよならは常に明日の約束なのかもしれない、と救われたような気持ちになりました。好感の持てる登場人物のやり取りが気持ちの良い、恋愛ミステリの傑作です。
(2017年11月25日)
院長選挙
久坂部羊/著
幻冬舎
税込価格  1,728円
 
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「こんな人、いるわけない!」「本当に?」
おすすめ度:
《医師の世界は特殊である。中でも大学病院は、『白い巨塔』の昔から”伏魔殿”と呼ばれるほど、複雑怪奇な人間関係が渦巻いている。医師たちは表向きは権威を保ち、専門家としてふるまっているが、人間的な側面はあまり世間に知られていない》。そう、だから怖いのだ。本書を読んでいると笑いが漏れると同時に、言い様のない恐怖が込み上げてくる。医療に携わる著者の深い医学知識が、本書を絵空事と割り切れない物語にしている。
 院長の急死により、近く院長選挙が行われる、国立大学病院の最高峰《天都大学医学部付属病院》、通称《天大病院》。ライターの吉沢アスカは医療崩壊の問題をからめて、天大病院の内実に迫るノンフィクションを書こうと意気込んでいた。アスカは院長選挙の候補である四人の副院長を始めとした天大病院に関わる人々に取材していく。しかし彼らは癖者揃いで……。
 例えばこんな台詞があります。《「だいたい、世間の連中は、医療が安全で当たり前のように思っているから困りますな。医師を超能力者か、魔法使いと勘ちがいしてるんじゃないですか。医師だって人間なんだから、ミスもすれば失敗もする。医療ミスをゼロにはできませんやね。ハッハハ」》。この言葉にたとえ真理(あるいは一理)があったとしても、現実では口が裂けても他者に言ってはいけない類の言葉だ。著者はそういう医者たちの飾らない(人間らしい)部分に踏み込もうとする。だからこそ医師全員がこういう人間だとは思わないが、「こんな人も結構多そうだな」という気にさせられる(もちろん実際の現場は知らないけれど……)。だからこそ過激な小説だと思う一方、隠れた本音と向き合おうとする誠実な小説だとも思います。その誠実さ故か感情移入できない(大量の)登場人物を好きにはなれないものの、嫌いにもなりきれませんでした。 (2017年11月22日)
双生児
ハヤカワ・ミステリワールド
折原一/著
早川書房
税込価格  1,944円
 
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悪意に満ちた、驚愕の一冊!
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 姿を消した娘を探して欲しい、という依頼を受け、妊娠していると思わしき女性の行方を追う日の本探偵社の《私》、自分とそっくりな女の存在が切っ掛けになり、自身の出生の秘密に深く踏み込もうとする《中西安奈》、そして《中西安奈》の体験とリンクするかのような出来事が綴られる《羽生さつき》と《足長仮面》の文章によるやり取り。中盤辺りまで、この噛み合うようで噛み合わない感じのする三つのストーリーを中心に物語は進んでいく。序盤から不穏であり違和感に満ちているけれど、本書は中盤以降、さらに物語が錯綜としていく。
 読み終えた後、初めてミステリだったことに気付く。そんなミステリの要素が物語の中に自然にとけ込む技巧的な作品とは対極にありながらも、そういった作品と同等、あるいはそれ以上の技巧でミステリらしい秀逸な驚きを提供するのが、本書です。《何か》が用意されているのは想像できるのにも関わらず、予想の付かない展開に眩暈を感じ、その結末に魅せられる。人間の嫌な部分、醜悪な部分をこれでもか、と描きながら、それがミステリとして昇華されているところにも強く惹かれます。
 漠然としたゴールを目指して、広大な悪意の海を泳ぎ続けているような気分でした。苦しみながらも、先の見えないその昏い海を泳ぎ切った読者だけが見ることを許された驚愕の光景に呆然となるあなた(読者)の姿が目に浮かびます。 (2017年11月19日)

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