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明文堂書店石川松任店のレビュー

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掲載レビュー全148件
 
風神の手
道尾秀介/著
朝日新聞出版
税込価格  1,836円
 
通常1〜2日で出荷
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哀しみの中に、希望が忍ばせられた、優しい物語
おすすめ度:
 遺影専門の写真館《鏡影館》。重病を抱え、「準備」のために遺影を撮りに行く母と一緒に鏡影館を訪れた娘は、一人の老人の遺影を見て、様子がおかしくなる。《――ずっと昔に、お母さんのせいで、死んじゃった人がいるの。》そこには二十七年前、火振り漁の夜から始まる哀しい事件があった。そんな第一章「心中花」から始まる物語は章によってそれぞれ別の出来事を描きながら、深い根っこの部分で繋がってゆく……、
 どれだけ孤独に生きようとしても、他者に一切の影響を与えない、というのは限りなく不可能に近いでしょう。存在しているだけで、多かれ少なかれ他者になんらかの影響を与えているものです。そしてその影響というのも厄介なもので、善い行いが悪しき影響を与えることもあれば、悪しき行いが善い影響を与えることもあります。人間関係は、いい加減でもあり、繊細でもある、という複雑なものなのかもしれません。そういった思った通りにいかないもどかしさが丁寧に描かれているのが、本書です。哀しい物語です。しかし哀しみの中に、希望が忍ばせられた、優しい物語でもあります。そして緩やかに繋がっていく物語はやがて意外な顔を見せはじめ、読者は読み始めた頃とまったく正反対の感情を抱くことになると思います。謎が解かれた《その後》までしっかりと大事にしているので、読み心地がとてもいい。心に残る逸品です。 (2018年01月17日)
分かったで済むなら、名探偵はいらない
林泰広/著
光文社
税込価格  1,728円
 
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『ロミオとジュリエット』の悲劇は誰のものか?
おすすめ度:
 居酒屋「ロミオとジュリエット」に通う刑事の《俺》は、恋人の父親に手錠をかけた過去があった。彼女が《俺》のことをどう思っているのか、分からないし、知りたくもない。その答えから逃げ回るために仕事にのめりこんだ《俺》は、いくつもの他人の答えを見つけ続けている。《そして気がつくと、望んでもいないのに「名探偵」と呼ばれるようになっていた。》
 読んだことが無い人でもなんとなく内容を知っている文学作品って結構あると思いますが、『ロミオとジュリエット』はその筆頭候補に挙げられるんじゃないかと思います。同じ作者の『ハムレット』や『リア王』よりも一般的な認知度は高いという印象があります。そして本書は『ロミオとジュリエット』をミステリの素材として扱いながらも、「『ロミオとジュリエット』って、一途な愛を貫いた男女の悲恋でしょ」っていうくらいのざっくりとした知識であっても(いや逆にそのくらいのほうが)、強く楽しめる内容になっています。なんでそう言えるかって? だって私がざっくりとした知識しか持っていないから……。もちろんこれもひとつの見方であり、他の見方ももちろんあるのでしょう。
『ロミオとジュリエット』における悲劇は、本当に《ロミオ》と《ジュリエット》のためのものか。物事の見方をすこし変えるだけで、物語は大きく姿を変える。シェイクスピアの名作悲劇『ロミオとジュリエット』に隠された、《もうひとつの》悲劇が凝り固まった謎を解きほぐす。本書は『ロミオとジュリエット』に鏤められたエピソードの別の解釈が物語内で起きる事件に光を与え、意外な結末に持っていく連作ミステリ集になっています。
 幼い頃、いつもの帰り道をすこし変えただけで世界が広がったような気がした。そんなちょっとしたことが大きな変化を作り出すことの美しさを再認識させてくれるような作品です。
(2018年01月14日)
探偵少女アリサの事件簿 〔2〕
今回は泣かずにやってます
東川篤哉/著
幻冬舎
税込価格  1,512円
 
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ギャグとミステリのバランスが絶妙な一品!
おすすめ度:
 犯罪の手伝い以外は基本なんでも請け負う便利屋『なんでも屋タチバナ』の看板を掲げる青年、橘良太と世界的な名探偵ケイコ・アヤラギとその夫で日本国内において有名な(奥さんよりも明らかに格下の)探偵、綾羅木孝三郎の二人を親に持ち、ロリータ・ファッションに強いこだわり持つ十歳の探偵少女、綾羅木有紗。本書はそんな二人が事件に巻き込まれ(あるいは首を突っ込み)ながらも、謎を解いていく『探偵少女アリサの事件簿 溝ノ口より愛をこめて』から続く連作ミステリ・シリーズの第二弾になります。
 東川作品をレビューするたびに書いているような気がしますが、まずキャグとミステリのバランスが絶妙です。何気ないやりとりが結末に至るとミステリの重要な伏線だったことに気付かされる。ギャグとミステリが乖離することなく、しっかりと絡み合っています。代替が利きそうで実は代替が利かない、そんな稀少で、得難い才能だと私は思っています。そして本作ではほっこりする話や辛辣な話が(ユーモアの色が消えない程度に)織り交ぜられていて、物語として深化しているような印象を受けました。今後も楽しみなシリーズです。 (2018年01月06日)
皇帝と拳銃と
倉知淳/著
東京創元社
税込価格  2,052円
 
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死神のような探偵が犯人を追い詰めていく。傑作倒叙ミステリ集!
おすすめ度:
《そしてもう一人の中年の刑事がまた特徴的で、なかなか不気味な外観をしていた。喪服のような黒の上下に、痩せた枯れ木のような身を包んでいる。全身から漂う陰気で鬱々としたオーラもさることながら、その顔立ちが、何ともいえず気味が悪い。感情と生気が感じられない目をしたその警部の顔は、まるで悪魔の使いみたいに見える。いや、この陰気さは悪魔というより死神――そう、死神だ。西洋の宗教画などで描かれる死神が、ちょうどこんな顔をしている。》
 殺人者の計画が小さなほころびから崩れていく。本書は犯人が先に明かされる、いわゆる《倒叙ミステリ》の形式で物語が進んでいきます。探偵役を務める死神を思わせる警察官、乙姫警部によって徐々に追い詰められていく犯人、という構図が犯人の不安や緊張を読者に共有させます。そして場合によっては犯人に同情をすることさえあります。とはいえ犯人は決して可哀想な存在(例外的な人物もいますが……)ではなく、身勝手な思考などもしっかりと描かれていて、その嫌な面が犯人たちの印象をより強めているようにも感じました。
 相方を殺害したコンビ作家の片割れ、恐喝者を殺害した大学教授、悪徳金融業者の叔父を殺害した劇団の演出家……、犯人たちと探偵とのやり取りもとても魅力的です。もちろん結末はただの答え合わせではなく、意外な真相が待ち受けています。特に最終話の意外性と幕の引き方は鮮やかです。今後もこのシリーズは続いて欲しいな、という想い(勝手な想いではありますが……)を強く抱きました。 (2017年12月28日)
今夜、きみは火星にもどる
角川文庫 こ46−2
小嶋陽太郎/〔著〕
KADOKAWA
税込価格  821円
 
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「私、火星人なの」と言う彼女に、僕は恋をした。
おすすめ度:
《人間の体には科学では解明できない特別な器官があって、それはたぶん胸のいちばん奥のところにある。胸にあるけど、心臓ではない。肺でもない。そういった内臓とは違うものである。形はない。しかし確実にある。》
 経験したことのないはずの青春がまるで過去に味わったことがあるかのように、突然記憶が入れ替わる。優れた青春小説の文章にはそんな力があるのかもしれない。私はいつからか著者の描く世界の住人になっていた。いやなりたいと願っていたのかもしれない。青春という曖昧なものだけが持つ美しさと痛みがちりばめられた世界を動き回る、主人公の国吉君やヒロインの佐伯さん、そして脇を固める水野君や高見さん、彼らはとても魅力的です。彼らの抱える悩みや迷い、苦しみは大小様々ですが、それが小さいものであっても薄っぺらいとは思いませんでした。それは登場人物たちの必死さが物語から強く伝わってくるからでしょう。
「私、火星人なの」。本書は不思議な少女に恋をした少年の恋を描く青春小説です。すこし不思議な恋の行方はとても切ない。しかし同時にたまらなく愛おしい気分にもなります。青春の残酷さをしっかりと描きながらも、後味は決して悪くない。後半、国吉君の心の揺れ動きは、胸を打つと同時に、前向きな気持ちにもさせてくれる。
 青春期の不思議な恋を描く作品は数多くありますが、本書が好きな人には平山瑞穂『忘れないと誓ったぼくがいた』や古橋秀之『ある日、爆弾がおちてきて』などもおすすめです。
(2017年12月22日)
この世の春 上
宮部みゆき/著
新潮社
税込価格  1,728円
 
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心ある者の心を震わさずにはいられないような、心の物語
おすすめ度:
 その専横ぶりが不評を買っていた御用人頭が失脚し、六代藩主・北見重興が重病篤により隠居するという急な政変に見舞われる北見藩。物語は、宝永七年(一七一〇年)皐月(五月)の夜半、失脚した御用人頭の屋敷で乳母を務めていた女が各務数右衛門の住まいを訪ねてきたのを、娘の多紀が出迎えるところから始まる。上下巻合わせて800ページ近く、普段読み慣れていないジャンルである時代小説の大作にすこしだけ不安を覚えながら、読み始めたのですが、冒頭から引き込まれてしまいました。本書は時代小説の枠組みの中で、心(精神)の謎を解き明かそうとする(幻想味のある)時代ミステリの傑作です。
 親しみやすい登場人物(後半から主要な登場人物の一人となる気弱な登場人物が個人的には好きでした)たちが冷酷な物語に柔らかな光を与えている。残酷だが、優しい物語だ。真相は醜悪であるにも関わらず、読後感は決して悪くない(ただ結末に、すこし苦味が加えられています。途中退場するある登場人物はもうすこし報われて欲しかったな、という気もしました。とはいえ捉え方次第では、報われている、と言えるのかも……)。心ある者の心を震わさずにはいられないような、怖くて、切なくて、愛おしい物語です。そして本書ではいくつもの親子や夫婦の物語が描かれているのが印象的です。様々な親子や夫婦の形に、「一筋縄ではいかないものだな」と家族関係について深く考えさせられるものにもなっています。 (2017年12月15日)
彼方の友へ
伊吹有喜/著
実業之日本社
税込価格  1,836円
 
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うつくしい結末に、思わず、涙が……。
おすすめ度:
 90歳を超える佐倉ハツのいる老人施設に届けられた黒い紙箱。赤いリボンに結ばれたその箱をほどくと、なかにはチューリップやヒマワリ、スミレなどの花が一輪ずつ色鮮やかに描かれたたくさんの小さなカードが入っていた。《フローラ・ゲーム》。それは波津子(ハツ)にとって、とても懐かしいものだった。波津子の物語は、昭和十二年から始まる。少女雑誌『乙女の友』に憧れた少女はやがて『乙女の友』で働くようになり……。憧れだったものは、すぐそばにある現実へとかわり、いくつもの困難に悩み苦しみながらも成長してゆく。
 戦争の昏い影が付き纏う時代を駆け抜けた少女の成長の物語は、決して幸福に満ちたものではなく、つねに切実さをともなっています。悲惨さも容赦なく描かれています。しかし何度くじけそうになっても前を向こうとする登場人物たちの姿には、希望を感じます。
 本書からは、そして波津子からは、必死で走った者からしか嗅ぐことのできないにおいがしました。そのにおいを好ましく感じると同時に、羨ましい、とも思いました。小さな嫉妬が胸を掠めるほど、主人公の生き方は魅力的でした。主人公だけではなく、本書には印象に残る登場人物が多くいます。個人的には上里が一番印象に残りましたが、多種多様な人物がとても丁寧に描き分けられていて、決して好意的に描かれていない人物も強く印象に残りました。忘れがたい余韻が残る青春小説です。
 うつくしい結末に、思わず、涙が……。
(2017年12月01日)
さよならは明日の約束
光文社文庫 に16−5
西澤保彦/著
光文社
税込価格  778円
 
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また会う可能性がある限り、さよならは常に明日の約束である。
おすすめ度:
 ※本レビューは高橋留美子の名作『めぞん一刻』の中盤の内容に触れます。ネタバレ、というほどのものではないかもしれませんが、今後『めぞん一刻』を読む予定の『めぞん一刻』フリーク予備軍など、未読の方はご注意ください。

 10代の頃、よく読んでいたコミックに『めぞん一刻』があり、その中にとても心に残っているシーンがあります。教育実習生の五代くんは教育実習の終わりに生徒たちから教育実習の感想を寄せられる。女子生徒の八神が五代くんに片想いしていることを知っている生徒たちは彼を冷やかす感想を送るが、当の八神から寄せられた感想は《LONG GOOD-BY(永遠に さよなら)》という素っ気ない一文。しかしそんな言葉を書いた八神が突然現れ、感想を書き足し《SO LONG! GOOD-BY(またね! さようなら)》と変えるシーン。この微笑ましさと切なさが入り混じるシーンがとても印象に残っている。
 本書のタイトル『さよならは明日の約束』を見た時、最初に浮かんだのが、このシーンだった。そして内容も微笑ましさと切なさが入り混じっていて、そんな過去の読書体験が強く刺激されました(『めぞん一刻』を読んだことが無い人は、本書と併せて強くおすすめします)。
 本に挟まれた見覚えの無い手紙、少年時代に聞いた教師の不可解な言動、結末の書かれなかった推理小説、卒業記念寄せ書きの消えた一文……推論を積み重ねることで浮かび上がる不可解な謎の答えに対して当事者が真実を語る(連作中、例外的な作品が一篇だけありますが……)ことはないですが、浮かび上がった答えは真実としか思えないような深い余韻を読者に残します。微笑ましい物語だが、時に苦く切ない。しかし物語の結末は、とても優しい。また会う可能性がある限り、さよならは常に明日の約束なのかもしれない、と救われたような気持ちになりました。好感の持てる登場人物のやり取りが気持ちの良い、恋愛ミステリの傑作です。
(2017年11月25日)
院長選挙
久坂部羊/著
幻冬舎
税込価格  1,728円
 
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「こんな人、いるわけない!」「本当に?」
おすすめ度:
《医師の世界は特殊である。中でも大学病院は、『白い巨塔』の昔から”伏魔殿”と呼ばれるほど、複雑怪奇な人間関係が渦巻いている。医師たちは表向きは権威を保ち、専門家としてふるまっているが、人間的な側面はあまり世間に知られていない》。そう、だから怖いのだ。本書を読んでいると笑いが漏れると同時に、言い様のない恐怖が込み上げてくる。医療に携わる著者の深い医学知識が、本書を絵空事と割り切れない物語にしている。
 院長の急死により、近く院長選挙が行われる、国立大学病院の最高峰《天都大学医学部付属病院》、通称《天大病院》。ライターの吉沢アスカは医療崩壊の問題をからめて、天大病院の内実に迫るノンフィクションを書こうと意気込んでいた。アスカは院長選挙の候補である四人の副院長を始めとした天大病院に関わる人々に取材していく。しかし彼らは癖者揃いで……。
 例えばこんな台詞があります。《「だいたい、世間の連中は、医療が安全で当たり前のように思っているから困りますな。医師を超能力者か、魔法使いと勘ちがいしてるんじゃないですか。医師だって人間なんだから、ミスもすれば失敗もする。医療ミスをゼロにはできませんやね。ハッハハ」》。この言葉にたとえ真理(あるいは一理)があったとしても、現実では口が裂けても他者に言ってはいけない類の言葉だ。著者はそういう医者たちの飾らない(人間らしい)部分に踏み込もうとする。だからこそ医師全員がこういう人間だとは思わないが、「こんな人も結構多そうだな」という気にさせられる(もちろん実際の現場は知らないけれど……)。だからこそ過激な小説だと思う一方、隠れた本音と向き合おうとする誠実な小説だとも思います。その誠実さ故か感情移入できない(大量の)登場人物を好きにはなれないものの、嫌いにもなりきれませんでした。 (2017年11月22日)
双生児
ハヤカワ・ミステリワールド
折原一/著
早川書房
税込価格  1,944円
 
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悪意に満ちた、驚愕の一冊!
おすすめ度:
 姿を消した娘を探して欲しい、という依頼を受け、妊娠していると思わしき女性の行方を追う日の本探偵社の《私》、自分とそっくりな女の存在が切っ掛けになり、自身の出生の秘密に深く踏み込もうとする《中西安奈》、そして《中西安奈》の体験とリンクするかのような出来事が綴られる《羽生さつき》と《足長仮面》の文章によるやり取り。中盤辺りまで、この噛み合うようで噛み合わない感じのする三つのストーリーを中心に物語は進んでいく。序盤から不穏であり違和感に満ちているけれど、本書は中盤以降、さらに物語が錯綜としていく。
 読み終えた後、初めてミステリだったことに気付く。そんなミステリの要素が物語の中に自然にとけ込む技巧的な作品とは対極にありながらも、そういった作品と同等、あるいはそれ以上の技巧でミステリらしい秀逸な驚きを提供するのが、本書です。《何か》が用意されているのは想像できるのにも関わらず、予想の付かない展開に眩暈を感じ、その結末に魅せられる。人間の嫌な部分、醜悪な部分をこれでもか、と描きながら、それがミステリとして昇華されているところにも強く惹かれます。
 漠然としたゴールを目指して、広大な悪意の海を泳ぎ続けているような気分でした。苦しみながらも、先の見えないその昏い海を泳ぎ切った読者だけが見ることを許された驚愕の光景に呆然となるあなた(読者)の姿が目に浮かびます。 (2017年11月19日)
夜の木の下で
新潮文庫 ゆ−6−4
湯本香樹実/著
新潮社
税込価格  497円
 
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かすかな痛みとともに、静謐な余韻が心にはりつく
おすすめ度:
 年齢を経るごとに幼かったあの頃は遠ざかっていくはずなのに、時折、あの頃が鮮明によみがえる。誰しも一度はそんな経験があるのではないでしょうか。決して幸せばかりではなかったあの頃が、それでも特別な期間だったのだ、と私が気付いたのは、それなりに大人になってからだった。幼い頃は早くこの時期から抜け出したくて、仕方なかったはずなのに……。本書はそんな徐々に遠ざかる過去を刺激する一冊です。
 帯に書かれた《ここには、幼い日のあなたがいる。》、裏表紙の内容紹介に書かれた《会ったこともない少年少女のなかに、子どもの頃の自分が蘇る、奇跡のような読書体験。》、あるいは解説に書かれる《自分自身の記憶が、目の前で映画のフィルムが廻っているかのようによみがえってくる経験を何度かした。》という賛辞は決して誇張ではありません。『夜の木の下で』は過去のあなたを写し出す、とても美しい鏡だ。すくなくとも私は本書で描かれる情景に、何度も過去の記憶を刺激されました。ここに私はいない。いじめられっ子からケットウジョウが届いたことも無ければ、仔猫の飼い主を探し回ったこともない。しかし私と重なり合う誰かがいて、私の人生にもあったような何かがある。
 あの頃は良かった、というノスタルジー的感覚とはすこし違うような感覚を抱きました。読後、静謐な余韻が心にはりつきました。かすかな痛みとともに……。 (2017年11月12日)
たゆたえども沈まず
原田マハ/著
幻冬舎
税込価格  1,728円
 
お取り寄せ
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美術、家族、友情……心に残る歴史エンターテイメント!
おすすめ度:
《どんなときであれ、何度でも。流れに逆らわず、激流に身を委ね、決して沈まず、やがて立ち上がる。//そんな街。//それこそが、パリなのだ。》
 ゴッホ、ピカソ、フェルメール、ムンク……知識として画家の名前は知っていても、美術の世界に疎い(興味はありますが……)私にとって、彼らは遠い存在である。本書によって、そんな遠い存在の一人であるフィンセント・ファン・ゴッホと私との距離が縮まったような気がします。
 本書は19世紀後半のパリを舞台に、かの有名な画家フィンセント・ファン・ゴッホとその弟であり、兄を時には憎しみを抱きながらも献身的に支えるテオドルス。そして商才を発揮してパリで活躍する日本人画商、林忠正とその彼の下で働く誠実で勤勉な加納重吉。この四人を中心にして物語は進んでいきます。テオドルスと重吉の視点で描かれるゴッホと林忠正の姿は決して親しみやすいキャラクターとは言えない(魅力的ではありますが)かもしれませんが、物語の中心にいない時も存在感を放ち続けています。テオドルスと重吉が馴染みやすい雰囲気を持っているからこそ余計に、一筋縄ではいかない二人が強く印象に残るのかもしれません。冒頭のシーンも秀逸であり、読み終えた後に改めて読み返してみると、このシーンが胸にしみます。
 本書はきっと美術好き・歴史好きにも愛されるだろうけれど、家族小説や友情小説としての色合いも強く、私のように美術の世界に疎い人、あるいは歴史小説を苦手にしている人にも、おすすめしたい一冊です。 (2017年11月06日)
屍人荘の殺人
今村昌弘/著
東京創元社
税込価格  1,836円
 
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とんでもない状況で、とんでもない事件が起こった!?
おすすめ度:
 関西では名の知れた私大である神紅大学の非公認団体《ミステリ愛好会》。たった二人の会員である会長の明智恭介と助手の葉村譲は、学食で女子学生が頼むメニューを推理するなどの推理勝負を繰り返す日々を送っていた。現実と創作の垣根を越えて謎をこよなく愛する明智には事件に自ら飛び込もうとするところがあり、心霊映像を撮るという映画研究部の合宿への参加を熱望していたが、映研の部長からは断られていた。そんな二人の前に突然現れた佳麗な風貌を持つ女子大生、剣崎比留子から映画研究部に届いた脅迫状の話を聞かされる……と、こんな始まりからあなたはどんな物語で、どんな展開を想像しましたか? おそらくその想像は外れるでしょう。愉しみを奪いたくないので、その展開を具体的に書くことはできないのですが……これが、とんでもない。
 中盤以降、読者にとっては予想外としか言いようがない展開によって、登場人物たちは全員が生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされる。そんな中で起こった密室殺人を推理していくのが、本書です。意外性抜群の壮大な作品であり、その設定でしか描けない謎も秀逸です。正直なところ、後半は感情的に受け入れがたいところも多く、(設定の割に)登場人物たちののんびりしたやり取りに違和感を覚えたりもしました。そういう意味では、終始愉しい読書だった、と言い切ることはできないのですが、それでもこの驚きに満ちた強烈な個性は魅力的であり、強く心に残りました。
(2017年10月28日)
夜明けのカノープス
実業之日本社文庫 ほ3−1
穂高明/著
実業之日本社
税込価格  590円
 
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人生に立ち止まりがちな人に読んでもらいたい一冊
おすすめ度:
《先輩に対する今の私の気持ちは、敢えて遠い世界にいる人を想うことで、身近な恋愛から逃げているだけなのかもしれない、と。本当は、こんな状態から抜け出したいと心のどこかで思っているはずなのに。//先輩が発する光があまりにも強過ぎて、眩しくて堪らないのだ。その眩しさのせいで、身近なものが見えなくなってしまうくらいに。》
 教師になることを諦めた《私》は、社員数三十人足らずの小さな教育系出版社《すこやか出版》に中途入社の契約社員として勤務している。雑用に追われる日常の中で《私》は、副編集長が執筆を依頼している大学教授から良い返事をもらえないというやり取りを耳にする。その大学教授の名前は幼い頃に封印したはずのものだった。そして《私》は生き別れの父親と十四年ぶりの再会を果たし……。
 父娘関係を中心に、とても丁寧で落ち着いた文章で一人の女性が辿ってきた軌跡が描かれている。そしてその丁寧に描写される過去が、現状の《私》が抱えるもどかしさをより苦いものにしている。その苦さがあるからこそ、《私》の小さな変化が読者にとって好ましく映るのかもしれません。
 全天で二番目に明るいけれど、あまり明るく感じない(らしい)星《カノープス》を象徴的に扱った本書は、決して派手な物語ではないし、明るく爽快感に満ちているわけでもないけれど、とても後味が良い。物語の中盤に、《中学生の私は、こんな未来は想像していなかったはずだ。特別すばらしい未来を期待していたわけではないけれど、こんな何ひとつとして確かなものを手にしていない、かわいそうな未来が待っているとは思いもしなかった。》という文章があります。本書は彼女のように人生に立ち止まりがちな人に読んでもらいたい一冊です。嫌いな自分がすこしだけ好きになれるかもしれません。
(2017年10月26日)
乙霧村の七人
双葉文庫 い−55−01
伊岡瞬/著
双葉社
税込価格  660円
 
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超正統派ホラーサスペンス、と思っていたら……。
おすすめ度:
 二十二年前に乙霧村で起こった一家惨殺事件。ノンフィクション作家の泉蓮がこの事件に興味を抱いて、調査の末に一冊の本にまとめたのが、『乙霧村の惨劇』だった。大学教授もしている彼が顧問をしている文学サークル『ヴェリテ』のメンバーが旅行の際に、乙霧村を訪れた時、悲劇は起こった。激しく雨が降る中、襲い来る斧を持った大男に、慄く学生たち……。
 閉ざされた世界で殺人鬼が跋扈し、若者たちの血飛沫が舞う……。そんな阿鼻叫喚の物語に、驚天動地の仕掛けを施した「13日の金曜日」的、超正統派ホラーサスペンス……と思っていたら、途中で様相が変わってくる。本書は、人間関係の歪みを容赦なく描く、いわゆるイヤミスの要素が絡む、秀逸なミステリでもあるのです。詳しくは書けないのですが、その恐怖的状況さえも仕掛けに使うことで、本書は二重の(いや正確には三重の)驚愕を持った物語になっています。幕の閉じ方にも意外性があり、とても個性的な作品です。
 ホラーサスペンスの枠組みにミステリ的な仕掛けを施した作品として、綾辻行人『殺人鬼』や三津田信三『スラッシャー廃園の殺人』も併せて、おすすめします。 (2017年10月20日)
粗忽長屋の殺人(ひとごろし)
光文社文庫 か63−1
河合莞爾/著
光文社
税込価格  734円
 
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本を開くと、落語の声が聴こえる
おすすめ度:
《それでは皆様、今は遠い昔となりました、華やかな江戸の町並みに、うっかり迷い込んでしまったという心持ちで、しばらくの間、どうぞお付き合い下さいますよう――。》
 古典落語とミステリを掛け合わせ本書は、登場人物たちの軽快なやり取りが魅力的な、笑って泣ける連作集です。真相を知った登場人物たちの行動が印象的で、残酷な面をしっかりと扱いながらも、物語はとても心地の良い結末を迎えます。読んでいて、気持ちの良い小説です。
 知らない人の目線に立った物語を描く人だな、と著者の作品を読むと、いつも思います。情報や知識が物語にうまく溶け込んでいて、難しい話題を扱っていても必要以上に難解になることはありません。と、こんなことを書くと、「じゃあ、知っている人にとっては物足りないの?」という声が返ってきそうですが、説明がくどいという感じはないですし、まず描かれる物語がとても面白いので、嫌な感じを受ける人は少ないんじゃないかな、と思います。それは本書も例外ではなく、落語(私は詳しくなかったのですが……)を扱った本書も詳しい詳しくない関係なく楽しめる作品だと思います。全作品に目を通しているわけではないのですが、私は一作読む毎に著者(の作品)への愛おしさが強くなっています。もしかしたら、これは一目惚れよりも、ずっと尊い経験なのかもしれません。
 ちなみに落語とミステリと言うと、近頃シリーズの最新作(待望の、という言葉がぴったりの)『太宰治の辞書』が文庫化された北村薫の《円紫さんと私》シリーズが有名です。こちらもおすすめです。是非、シリーズの一作目から読んでもらいたい作品です。 (2017年10月20日)
政治的に正しい警察小説
小学館文庫 は17−1
葉真中顕/著
小学館
税込価格  702円
 
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強いメッセージ性を持った、後味の苦い短篇集
おすすめ度:
 多くの短篇で描かれるのは、他者を理解することの難しさである。例えば尊厳死をめぐる「リビング・ウィル」は、本人不在の思いやりがどれだけの空虚なのかを教えてくれる作品であり、自分の身にいつ起こってもおかしくないところが、とても怖い。文庫オリジナルのブラックユーモア・ミステリー集だと比較的(著者の過去作品のヘビーさを知ってはいたものの)に気軽に読み始めたのですが、予想以上にヘビーな内容でした……。表題作などはユーモラスですが、シリアスな作品や切ない作品も混じっていて、バラエティに富んでいます。ただ全篇に皮肉が漂っていて、(ネタバレになるので、どの作品かは言いませんが、比較的良い話の短篇にしても)後味は苦い。苦いが、とても癖になるものを持っています。
 児童虐待、同性愛、冤罪、尊厳死……普遍的なテーマを扱った、メッセージ性の強い短篇集です。テーマの描き方もストレートで、現実のニュースで聞いたことのあるような事象や事件から想像を膨らませたと思わせるエピソードも多いのが印象的です。ただメッセージ性の部分ばかりを強調すると、敬遠してしまう人もいそうなので、本書がミステリとして秀逸であることはしっかりと伝えておきます。意外な(あるいは痛烈な)結末が各短篇に用意されてあります。そしてその結末の衝撃が作品のメッセージ性を損なわせることなく、さらに印象深くさせているところが、とても魅力的です。 (2017年10月16日)
人間の顔は食べづらい
角川文庫 し61−1
白井智之/〔著〕
KADOKAWA
税込価格  907円
 
通常1〜2日で出荷
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決して設定のみに頼った作品ではありません。
おすすめ度:
 あらゆる哺乳類、鳥類、魚類に感染する新型コロナウィルスの流行がきっかけで、人類(特に先進諸国の富裕層)は極端に肉食を嫌うようになった。これに伴う数多くの社会問題を打破するために打ち出された国家政策、それは食用のヒトクローンを大量生産することで、飢えた人々の胃袋を満たす、というものだった。大量の批判を浴びた国家政策であったが、政策を打ち出した政治家、冨士山博巳の圧倒的なカリスマ性も手伝い、《食人法》が可決される。本書はクローン人間が食用に作られ、殺されることが法律的に認められた日本が舞台になっている。食用にヒトクローンを育てる施設《プラナリアセンター》で働く、柴田和志を中心に物語は進んでいく。
 描かれるのは、とても奇妙な、歪んだ世界だ。しかしミステリとしては、真っ直ぐな道を歩んでいる。《問題作》という表現は決して間違っていませんが、決して設定のみに頼った作品ではありません。先の全く読めない展開、意外な真相、とミステリの面白さが、本書には凝縮されています。やりすぎなくらいの終盤の展開も、とても好ましかった。そして読後感も決して悪くない。強烈な個性を持った、とても良い作品だと思います。気軽には薦めづらいのも事実だけれど……。
(2017年10月15日)
リーマン、教祖に挑む
双葉文庫 あ−51−02
天祢涼/著
双葉社
税込価格  740円
 
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今、読むべき社会派&本格ミステリの傑作!
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《「ルールを厳守するべきか、多少の違反は認めるべきか。ここで話して結論が出ることではないわ。ただ、あなたと藤原禅祐の間には、埋められない溝があるようね。これは現状を肯定する勝ち組と、ひっくり返そうとする負け組、両極にある価値観の戦いなのかもしれない」》
 大企業スザクのセレモニー事業部で働く早乙女六三志は転勤早々に上司から、新宗教団体《ゆかり》の存在によって、プレニード(生前契約葬儀)の解約の可能性が出てきたことを知らされる。上司のように新宗教に偏見を持ってはいなかったものの、上司に《ゆかり》を潰すことを命じられた六三志は、《ゆかり》の実態がどうであれ実際に教祖と会う必要があると考える。《ゆかり》の教祖、藤原禅祐と会ったことにより、六三志は彼の企みを知ることになる。そして禅祐との話し合いの末、二人はある賭けをすることになる。宗教法人化か解散か、を賭けた二人の対決が始まる……。
 決して新宗教(宗教学の分野では新興宗教ではなく、新宗教と言うらしい)を悪、新宗教と敵対する側を善という安易な勧善懲悪の構図は取らず、両方の立場を丁寧に描きながら、絶妙なバランスで物語は進んでいきます。そして多数の違和感を忍ばせた物語は、やがて驚愕の結末を迎えるのですが、その驚きとともに浮かび上がる社会への強いメッセージが印象的です。今、読むべき社会派&本格ミステリの傑作と言えるかもしれません。
 新宗教をテーマにしたミステリと言うと、(必ずしもそうではないとはいえ)陰鬱な展開になりやすいイメージがあります。しかし本書は登場人物のやり取りなどにコミカルが滲み出ていて、このタイプの話を苦手にしている人にもお薦めしたい作品です。そしてこの作品で扱われているテーマのひとつに《世代間の問題》があり、多くの世代に向けられた本書を、老若男女問わず多くの人に読んでもらいたいなと思います。 (2017年10月05日)
NO推理、NO探偵?
講談社ノベルス マL−01
柾木政宗/著
講談社
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推理って、必要ですか?
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 ロジックを駆使する女子高生探偵、美智駆アイは犯人に掛けられた催眠術(?)によって推理ができなくなってしまった。アイがもっと有名な探偵になる上で、推理は不必要だ、と考えていた助手の取手ユウは、これを好機と、アイの尻を叩きながら推理なしの事件解決を目指す。
 ちょっとした奇抜な作品が平凡な作品に見えるほど、世の中には問題作、怪作が氾濫していますが、本書は《問題作》と評して何一つ誇張にならない一冊です。《ミステリ》というジャンルを痛烈に皮肉った作品、という表現さえ生易しいことに、物語の終盤気付かされる。あらゆるものを、ミステリを書くための道具にするその勇気と貪欲さに脱帽です。ミステリの(そしてメフィスト賞の)懐の広さが分かる、究極の《問題作》です。これ卑怯だよ。 (2017年09月29日)

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